その2  ヒバサキ探偵事務所のプライバシーポリシー(用例)

「見ろよ、ヒバ! 最新のXboxあるぞ、Xbox !?」

「マジか、すげえ!? SeriesXの実機なんて量販店の店頭ですら見かけないのに!?」


 思わず同じテンションで応じて、火箱はハッとしたように咳払いをした。


「あー……コホン。いいかね、先崎くん? これはあくまで失踪した対象の手がかりを得るための調査活動であるからして、相手のプライバシーに重々配慮して、節度ある行動をするよう留意するように」

「すっかりお宅探訪モードになってたおまえが言うかね、ふつー?」


 あきれ顔で返して、先崎はニヤリと笑う。


「それくらい言われなくてもわかってますって。瑠理ちゃんと、瑠理ちゃんのおばあさんの想いを裏切るような真似はしないからさ」

「ほほう? ほんじゃあ、その手に持ってるそれはなんだ?」


 火箱の指摘に、ゲームのコントローラを手にした先崎は「おい、勘違いすんなよ?」と怒ったような口調でいった。


「これはあれだ。ゲームの履歴に手がかりが残されていないかチェックするために決まってるじゃないか」

「そのわりには、ずいぶんと楽しそうな顔してんのな?」


 隠しようにも隠しきれないわくわくした面持ちを見れば、これほどまでに説得力に欠ける言い訳もないであろう。火箱は深々とため息をついた。

 が、しかし。先崎の言葉に一理あることもたしかだ。言うまでも無いがゲーム機はネットに接続されている。そのためゲームのコミュニティやチャットのログを漁れば、失踪の原因や理由の手がかりとなる情報が得られる可能性はじゅうぶんにある。


「ったく、しゃーねえーな……。いいか? 登録フレンドやメールを調べるだけだからな?」

「OK、そうこなくっちゃな」

「言っとくけど、ちゃちゃっと調べるだけだからな? 間違っても『CoDコールオブデューティー』とかで遊ぶんじゃねえぞ?」

「わかってる、ちゃちゃーっとだろ? ちゃんとやるから心配すんなって」


 嬉々としてゲーム機を起動する先崎を一瞥し、火箱はかぶりを振りながらリビングを後にして残る二部屋の探索へと向かった。


 二部屋の内、片方は夫婦の寝室、もう片方は和室を改装した書斎兼トレーニング・ルームとなっていた。いくら仕事とは言え、夫婦のプライバシーには極力踏み込むような真似は極力したくはない。火箱は寝室のほうは見ないことにして、六畳の和室のほうへと足を踏みいれた。

 もっとも和室といっても、かなりの改装が施されていた。床は畳ではなくコルクのマットに、押し入れは戸を外されてお洒落な衣装ラックに改造されている。かろうじて元が和室だとわかるのはいまはPCラック置き場にされている床の間の柱と、部屋の扉がドアではなく引き戸であることくらいか。部屋の中央にはトレーニングベンチが鎮座していて、ダンベルやバーベルが無造作に置かれていた。

 なるほど、失踪した神永はたしかにウチの先崎と同種の人間らしい。筋トレ道具と、壁に作り付けられたガンラックに並ぶエアソフトガンのコレクションを横目に、火箱はとりあえず床の間のラックにおかれたデスクトップPCを起動させた。

 ディスプレイが目覚め、Windowsのロゴが映し出される。パスワードの入力はなく、そのまますんなりとログインする。日常遣いの手間を思えば当然の設定ではあるが、セキュリティの観点からすればとても褒められたものではない。

 特殊作戦を任務とする〝S〟のなかでも、情報担当だった者とは思えぬ脇の甘さである。家族とPCを共有していたのか、それとも自分の身に何かあったときのためにあえてセキュリティを甘くして手がかりを残していった可能性もかんがえられる。

 火箱はとりあえず、メールソフトを起動して直近のメールをざっと目で追った。だが案の定というか、どこも一緒というか、銀行やカード会社、プロパイダー等からのメールが大半で有り、個人的な要件が記されていそうな件名は見受けられない。念のためブラウザーを開いてGmailもチェックしてみたが、こちらも送り主にサブスクやショップ等が増えただけで、たいして変わりはなかった。

 まあ、しかたない。今どき個人的な連絡はSNSが主流だ。実際、すでに瑠理から得た神永のLINEアカウントにはメッセージを残してある。しかし現時点におけるまで返信どころか、既読すらつかないありさまだった。

 神永本人が連絡をとりたくないと思っているだけならば良い。が、外的要因でネットに接続できないのだとすると問題だ。その場合、最悪の事態も予想される。

 火箱はタスクバーにピン留めされたXのアイコンをクリックした。もし神永が失踪した後Xを使用していた場合、すくなくともその瞬間まではネットを利用できる環境にあったと判断される。くわえてDMの履歴が残されていれば、失踪した理由がわかるかもしれない。

 しかし期待を胸にXを開いた火箱は、DMを開くよりも先に、そこに表示されるタイムラインに目を見張った。

 まさか、と思いながら画面をスクロールさせてタイムラインを一通り流し見た火箱は、今度は同じくタスクバーにあったフェイスブックを開いた。そしてプロフール、投稿、メッセージを確認しながら、画面をキャプチャして自分のスマートフォンに送る。


「よお、なんか役に立ちそうなもんでも見つかったか?」


 一連の作業を続けていると、先崎が部屋のなかを覗き込んできた。


「ああ、まあな。……いや、どっちかってえと、手がかりって言うより気がかりなもんを見つけちまったって言ったほうが正解かもな」

「はあ? なにわけのわからないこと言ってんだ?」


 そう言いながら隣に来てPCの画面を覗き込んだ先崎は、三秒ほど黙り込んでから「なるほど」と、如何ともしがたいといった表情で唸った。


「たしかに、こいつは相当に気がかりだな」

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