その5 防秘な前職ゆえにびびる大人たち

「「ちょっと待て」」


 はからずも声をハモらせて火箱と先崎が制止すると、来客用の長椅子に瑠理とならんで腰掛けた凜音は「なんです、ふたりして」とうるさそうに眉根をひそめていった。


「この話、ここからおもしろくなってくるんですよ?」

「いや、凜ちゃん。さすがに〝おもしろくなる〟は、よくないと思うぞ? 〝おもしろくなる〟は……」

「んなこたぁ、どうでもいい!」


 テーブルを挟んで向かいに座った火箱は、瑠理には聞かれぬよう身を乗り出して小声でいった。


「おいこら、勤労学生。おまえさん、まさかこの子の父親を探し出してくれとか言い出すつもりじゃあ、あるまいな?」

「そうですけど、それがなにか?」

「〝なにか?〟じゃねーよ!? 問題おおありだよ!?」


 思わずといった様子で声を荒らげかけた火箱は、しかし不安げに見つめる瑠理の視線に気づくと、先程までよりいっそう声を落としていった。


「おまえさんの親父さんの元部下ってことは、サキの昔の同僚ってことじゃねえか。そんなやつの動向を探るなんて真似できるわけないことくらい、常識でわかりそうなもんだろうが?」

「そうだな。こればかりは、さすがにヒバの言うことのほうが正しいな」


 自分のデスクに寄りかかるようにして逆さ腕立ての要領で上腕を追い込んでいた先崎も、火箱の言葉に同意を示す。


どころか自衛隊すら辞めた俺が言うのもなんだけど、現役の〝S〟の身元を割ったり動向を調べるのは、普通に特定秘密保護法違反だからね?」

「というか、おまえさんの親父はついこのあいだまで特戦群エスの群長だったんだ。そんくらい、俺らから説教されるまでもなく理解しているだろうに?」


 特戦群とは正式名称、陸上自衛隊特殊作戦群(英語名JGSDF Special Forces Group )の略称だ。その名が示すとおり陸上自衛隊の特殊部隊であり、その訓練やオペレーションは、ほぼ公表されていない。海上自衛隊の特別警備隊(SBU)、情報本部電波部(旧・調別)等と並ぶ、自衛隊においてもっとも秘匿性の高い部隊のひとつである。

 そして先崎は、かつて自衛隊を退官するまで通称〝S〟と呼ばれる特戦群の隊員だった。

 また凜音の父も、ほんの数年前まで特戦群の指揮官である群長の任にあった。

 そのような縁もあって、凜音は半ば押しかけるようにヒバサキ探偵事務所にアルバイトとしてはいることになったのであるが──それはまたべつの話である。


 ここで火箱と先崎が問題視しているのは、行方不明となった瑠理の父親が、凜音の父のかつての部下、すなわち身分を秘匿された〝S〟であるということだった。

 

「それともおまえさんはあれか? 俺とサキを刑務所送りにでもしたいのか?」

「馬鹿なこと言わないでください。そんなわけがないでしょう?」


 凜音はあきれたようにいった。


「防衛秘密だなんだとかは気にしないで良いです。瑠理ちゃんのお父さんは、部隊はもちろん、いまは自衛隊を退職されて民間で働いてらっしゃいますから」

「え? そうなの?」


 驚いて訊き返す先崎に、凜音は「あたりまじゃない」と半ば怒ったようにいった。


「もし神永さんが現役の部隊員だったら、ウチになんか持ち込まないで直接、父に頼んでどうにかしてもらうもの」

「なるほど、そらそうだ」


 もいまや特殊作戦だもんなぁ……と、深く納得して頷いた先崎は、「よっしゃ!」と気を取り直すように手を叩いて、瑠理にむかってニカッと笑いかけていった。


「ええっと、瑠理ちゃんだっけ? だいじょーぶ、きみのパパはそこのおじさんと、おにいさんがかならず見つけ出してあげるからね」

「待て待て待て。勝手に安請け合いするんじゃあない」


 火箱が渋い顔でひきとめる。


「なんだ、ヒバ? おまえらしくもない。まさかこんな幼気いたいけな子の依頼を断るつもりなのか?」

「そら俺だってなんとかしてやりたくはあるさ。ただ、常識としてこんな子どもの依頼を仕事として受けられるわけがないだろうが」


 それにだ、と火箱はチラリと探るような目を凜音に向けていった。


「そこの勤労学生は、神永なにがしについて〝退官して民間で働いている〟とはいったが、〝民間人〟であるとは一言だっていってないじゃねえか」

「なんだ? 神永さんが予備自衛官かどうかってことを気にしてるのか?」

「それだけじゃねえ。問題は、なんだってこの子は父親を探しに鎌倉から習志野まで出張ったのかってことだ」

「は? そんなのたんに以前、住んでいた街だからってことだろう?」

「たしかに。そうかんがえるのが普通っちゃあ普通だ。だが……ほんとうにそうなのか?」


 言葉を切り、火箱は瑠理を真正面に見据えると静かな口調で訊ねていった。 


「お嬢ちゃん? もしかしてきみは、お父さんが居なくなる理由に、なにか心当たりがあるんじゃないのかい?」

「所長、それは──」

「待って、お姉ちゃん」


 ハッとして口を挟もうとする凜音を瑠理がとめる。


「パパを探してもらうんだから、瑠理も、ほんとうのことを話さないといけないと思うの」


 そう言うと瑠理は、おおきく鼻から息を吸って口からフーッと吐くと、とても七つ六つの幼い子どもとは思えないほどしっかりとした面持ちで答えていった。


「居なくなる前に、パパはわたしにこう言ってました。〝もしパパの身になにかあったら、そのときは〟って──」

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