その4 防秘なお仕事の父 と その娘たち
その日、凜音は高校卒業以来ひさしぶりに津田沼の駅にいた。同窓会ではないが、地方に就職した友だちが地元に転勤になったというので、高校時代の気の合う仲間で会おうということになったのだ。
もちろんSNSでお互いの近況は把握していた。が、実際に顔を合わせればやはり懐かしいもので、凛音は友人たちと高校時代には立ち入ることもなかったような小洒落たバルで、それこそ高校時代にもどったかのように楽しく盛りあがった。
その帰りのことだ。電車の都合で二次会へと流れる面々とわかれて、ひとりほろ酔い気分で駅へと向かっていた凛音は、車道を挟んだ向かいの歩道を小学生くらいの女の子が自分とおなじように駅方面へと向かっていることに気がついた。
凛音は最初は塾帰りかなにかだろうと思った。が、すでに時刻は午後十時はまわっているし、よく見れば周囲に保護者らしきおとなの姿もなかった。そもそも塾にしろ学童にしろ、こんな時間帯に小学生、それもあきらかに低学年の子どもをひとりで帰らせるわけがないのだ。
迷子か、それとも
持ち前の正義感に突き動かされた凜音は、歩みをはやめて駅前広場へとあがる階段を駆け上がると、先回りをして女の子のまえに立ち塞がった。
「待ちなさい! こんな時間にこんなところで子どもが何やってるの!?」
酔いもあって、つい強い口調で呼び止めると、女の子はハッとしたように立ち止まった。
「あなたお名前は? お父さんかお母さんはどこにいるの?」
問いかける凛音に女の子はわずかに怯えの色を見せながらも、だが確固たる意志を感じさせる眼でジッと警戒の視線をむけてくる。
その目を見た凜音は、先程まで友人たちと過ごしていた楽しい時間とおなじように、高校の頃の楽しい思い出が一瞬にしてよみがえってくるのを感じた。
「もしかしてあなた、神永さんのところの瑠理ちゃんじゃない?」
「えっ……?」
緊張と警戒に彩られていた女の子の顔に、純粋な驚きの表情が浮かぶ。
「おねえさん、誰? 瑠理のこと、しっているの?」
「やーん! やっぱ瑠理ちゃんじゃーん!? なっつかし~! いま何年生? めちゃくちゃおっきくなってて最初わかんなかったよー!」
懐かしさと酒の勢い、そしてついさっきまで高校時代のテンションにもどっていたこともあって、凛音は思わず瑠理に抱きついていた。
「あははは、ごめんねー。瑠理ちゃん、ちっちゃかったから覚えてないよねー?」
びっくりして硬直してしまった瑠理に凜音は笑いかけると、あらためて自己紹介をした。
「わたしは鮫島凛音。あなたは小さかったから覚えていないかもしれないけど、わたしのお父さんと瑠理ちゃんのパパは昔、おなじ部隊にいたんだよ」
その言葉に、瑠理はふたたびハッとして息をのむ。
「おねえさん、パパを知ってるの……?」
「もちろん。本管の神永さんでしょ? よく部隊のひとたちと連れ立ってウチに飲みに来ていたもの」
──まあ、あんまりにも大酒飲みなんで、怒ったお母さんに出禁にされちゃったけどね。
とは、こころのうちで続けるにとどめて凛音はいった。
「家族参加の
「もしかして……〝グンチョーのムスメ〟のおねえさん?」
〝群長の娘〟という懐かしい呼び方に凛音は思わず頬を緩めた。が、続けて「おっきいおねえさんなのに、小学生の男の子たちにまじって木登りしていて、おじさんとおばさんから叱られてたよね?」という思い出すのも恥ずかしいエピソードを持ち出され、凛音は真っ赤になりながら誤魔化すように話題を変えていった。
「ところでパパかママは一緒じゃないの? それとも誰か知っている大人のひとと一緒? こんな時間に、こんな場所で、子どもの瑠理ちゃんがひとりでいるわけないよね?」
無意識に問い詰めるような口調になっていたのか、瑠理はふたたび表情を強ばらせてしまった。
「あ、ちがうの。おねえさんはべつに怒ったわけじゃないの。ただ、夜に瑠理ちゃんひとりで繁華街にいるとか、あぶないなーって思っただけで。もしかして塾とかお稽古ごとの帰りだったりする?」
凛音の問に黙したまま瑠理はブンブンとかぶりを振る。
「それじゃあ、どうして津田沼にいるの? 瑠理ちゃんのおうちは薬園台だったよね?」
「ううん。瑠理が一年生になるとき鎌倉に引っ越したの」
「え? じゃあ鎌倉から習志野まで来たの? もしかしてひとりで?」
驚き訊ねれば、瑠理はコクリと頷く。
「どうして? 幼稚園の頃のお友だちに会いたかったの? それともいまの鎌倉のお家でなにかあったの?」
「瑠理ね、パパを探しにきたの」
消え入りそうな声で答えて、瑠理は堪えきれなくなったのかポロポロと涙をこぼしていった。
「お願い、おねえさん……お仕事にいったっきり、帰ってこないパパを探して……」
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