その7 大団円には程遠い解決

「脱出成功! なんだよ、思っていたより案外カンタンにいったな?」

「どこがだよ!? だれがどう見ても、まあまあ危機一髪だったじゃねーか!?」


 スーツの男がガラスが割れて剥き出しになった運転席から文句を言えば、スキーマスクの大男は「見解の相違だな」と肩をすくめる。


「俺の古巣じゃあ損耗率五割とか六割とか、ふつうに想定して訓練してたからな」

「知ってるか? 世間様ではそれを全滅って言うんだぜ?」

「はははは、たしかに。損耗五割だと、俺たちふたりの内のどちらかが帰ってこれないことになるもんな」


 ひとしきり笑って、スキーマスクの大男はおもむろに被っていたマスクを外すと、汗で濡れた短い前髪をかきあげて「フウッ」と一息つく。


「けどまあ、結果としてふたりともたいした怪我もせずに済んでよかったじゃないか?」


 そう言うと、スキーマスクの大男──サキこと先崎まっさきトオルは、ニッと白い歯を見せて拳を突き出すのだった。


「……ったく、相変わらず見てくれと調子の良さだけは一級品なんだから嫌になるぜ」


 口では文句を言いながら、スーツの男──ヒバこと火箱ひばこ史彦フミヒコも満更でもなさそうな表情で拳を持ち上げる。


「だとしても、壊したライトの弁償はおまえ持ちだけどな、サキ」

「おいおい、そこは事務所の経費ってことで落としてくれよ、ヒバ」


 拳と拳を軽く打ちつけ合い、ふたりの男はニヤリと笑う。


 と、その時だった。


「うっ……ううう、死ぬゥ……」


 頭上から微かに聞こえてきた、か細いうめき声に、完全にひと仕事終えた空気を醸し出していた火箱ヒバ先崎サキの表情が一瞬にして強張る。

 はたして振り仰げば、頭はチリチリ、服や身体のあちこちが焦げてボロ雑巾のようになったシュンジが、クレーンアームのサキでゆらゆらと揺れているのであった。


「マズい!? 完全にあの悪ガキのこと忘れてた!」

「すぐ降ろせ! いや、まず停めろ! というか、あいつ、よくあれで死んでねーな!?」

「感心してる場合か!? あのガキ死んだら報酬どころか、俺たちゃ今夜の騒動の被疑者あつかいされて御用だぞ!?」

「なにーっ!? 冗談じゃないぞ、おい!? 絡みの案件だから、すこしぐらい暴れても大丈夫だって話だったろうが!?」

「官房絡みだからだよ! いざとなれば切られるのは民間の、それも孫請けの俺たちに決まってんだろうが!?」

「っかあーっ! キッタネー! オトナってマジきたねえーっ!」


 ぎゃあぎゃあとガキのように喚き合う良い年齢こいたおっさんたちの声を聞きながら、シュンジは薄れゆく意識のなか、こころの底から思った。


 ──ほんとマジで、こいつらいったい何者なの? 


 ……と。


      ※


『ファイアー&アサルト探偵事務所』

 事務所代表取締役社長:火箱史彦

 同 取締役専務:先崎亨

 社員:なし

 パート・アルバイト:一名(学生)

 資本金:150万円

 業務内容:探偵業、警備業、セキュリティ・コンサルタント。その他、よろずもめ事お引き受けいたし〼。

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