その6 見事(?)な脱出劇

 悲痛な叫びをあげて、スーツ姿の男が運転席の窓から身を乗り出す。

 と、その背中に、ようやくクレーン車の上によじ登った年寄りのヤクザがしがみつく。


「クソッタレ! とうとう、とっ捕まえたぞ!」

「うわっ!? ちょっ、おっさん! いや危ないって!?」


 年寄りのヤクザを振り払おうと、スーツの男はハンドルを握ったまま激しく抵抗する。


「ヒィィィィィっ!? 停め降ろし停めろしてえぇぇ──!」


 クレーン車が右へ左へと蛇行を繰り返し、高々と持ち上げられたアームの先で振り子のように揺らされるシュンジが死にそうな声で叫ぶ。 


「何やってんだ、ヒバ! ちゃんと真っ直ぐに走らせろよ!」

「うるっせーな! こっちだって必死なんだよ!」


 年寄りのヤクザと互いの顔面を手で押し合いへし合いしながら、スーツの男は怒鳴り返していった。


「おまえこそ、いい加減にしろよな!? あれほどリースだって言ったのに馬鹿高価たかいライトぶっ壊しやがって! 弁償費、給料から差し引いてやる!」

「不可抗力だ! 経費で処理しろ!」


 そう言いながらスキーマスクの大男は、次々と繰り出されるベトナム人のおっさんの鉄パイプを、左手で保持する壊れたプラズマ・ライトで受け止める。


「ハッハー! サンダル履きのくせに振り落とされないどころか、片手でこれだけの連撃を打ち込んでくるとはやるじゃないか!? やっぱアンタ、特殊部隊の出身か、さもなきゃ情報機関の武装工作員かなんかだろう!?」

黙れマイー・イム・ディー!」


 低い声で吐き捨て、ベトナム人のおっさんはクレーンのアームに掴まっていた左手を離すと、今度は両手で構えた鉄パイプを正眼に振りあげる。

 するとスキーマスクの大男も掴んでいたアームの支柱から左手を離す。そしてプラズマ・ライトの残骸を両手で保持すると、まるでタイミングを計るかのように身体を揺らし始める。


 爆走するクレーン車のデッキの上で、さながら決闘に望む侍のように対峙するふたりの男。

 そして、いざ激突かと思われた、その瞬間だった。


「停めろ死ぬ停めろ停めろ停めろおおおおおおおぉぉぉ──っ!?!!?!」


 ひときわ激しいシュンジの叫び声に、対峙するスキーマスクの大男とベトナム人のおっさんはもとより、お互いゼエゼエハアハア荒い息をつきながら格闘していたスーツの男と年老いたヤクザも、いったい何事かと顔を上げる。

 だが時すでに遅く、クレーン車は閉じられたゲートを突き破ってジャンクヤードの敷地の外に飛び出すと同時に、高々と持ち上げられたクレーンのアームが電線を断ち切っていた。


 バチン!という鋭い音とともに火花が散る。


 わずかに遅れてジャンクヤードの内部は言うにおよばず、畑と空き地と太陽光パネルしかない田舎道を細々と照らしていた街路灯を含めるすべての照明がいっせいに消え、クレーン車のヘッドライトを除くすべてが闇に包まれる。


 その瞬間、この場にいたほぼ全員の動きが止まった。

 それはコンマ一秒に満たない、わずかな時間と言うのもおこがましい、わずかなにすぎなかった。

 しかし、その刹那の差が、まさに決定的な違いとなった。


「──ヒバ!」

「うをっと!?」


 警告の声とともにスキーマスクの大男が、プラズマ・ライトの残骸をドッチボールよろしくベトナム人のおっさんに投げつけるのと、スーツの男がハンドルを左に切りながら反射的に身体を引っ込めるのは、まったくの同時だった。

 甲高いスキッド音を鳴り響かせ、ふたたび急左折するクレーン車の上、不意をつかれたベトナム人のおっさんはとっさに左手でアームを掴むと、投げつけられたプラズマ・ライトの残骸を右手でもった鉄パイプで弾き飛ばそうとした。

 だが、クレーン車が左折したことによる回転と、あまりにも力強いスキーマスクの大男の投擲に、弾き飛ばされたのは鉄パイプのほうだった


しまったトイ・ロイ!?」


 ベトナム人のおっさんが毒づいた時には、すでに弾け飛んだ鉄パイプは回転しながら年寄りのヤクザに襲いかかっていた。


「ぬお!?」


 年寄りのヤクザは反射的に、掴んでいたスーツの男の襟首から手を離し、両手で顔をガードする。

 と、その瞬間をスーツの男は見逃さなかった。


「悪いな、おっさん! 死なないでくれよ!?」


 そう言うや否や、スーツの男は運転席のドアを思い切り蹴り開けた。

 はたして鉄パイプがぶつかるタイミングで、横合いから開くドアに蹴り飛ばされた年寄りのヤクザは勢いよくクレーン車から弾き飛ばされる。


「こっ、こン外道があああああぁぁぁぁぁぁー!」

 

 道路脇の暗い畑へと落下した年寄りのヤクザの叫び声が、時速五十キロの速度で背後へと消えていく。


 いっぽうスキーマスクの大男は、投げつけたプラズマ・ライトの残骸に引き続いて、今度は自分自身がベトナム人のおっさんへと跳びかかっていた。

 それにたいしてベトナム人のおっさんは、腰を落とし、両腕でガードして受け止めようとした。

 だが、身長一九〇センチは優にあろうかと言うスキーマスクの大男のドロップキックを、そうそう受け止めきれるわけもない。

 よって、ベトナム人のおっさんはほとんど自動車にでも撥ねられたかのような勢いで、闇に包まれた道路沿いの畑脇の畑へと吹っ飛んでいった。


クソッタレがチェット・ティエット!」

「ハッハー! やったぜ、俺たちの勝利だぜ!」


 年寄りのヤクザのそれと同じく遠ざかっていくベトナム語の悪態をバックに、スキーマスクの大男が掴んだクレーンのアームに片手でぶら下がりながら歓声をあげた。

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