その5  追いすがる日越・組織犯罪構成員

 ──まさか幽体離脱!? これが臨死体験というやつか!?


 そう思ったのも一瞬のこと。シュンジはすぐに自分の身体が実際に上昇していることに気がついた。

 なんてことはない。シュンジを吊るしたクレーンのアームがほぼ垂直の角度に立てられたのだった。さらに収縮していたアームが伸ばされ、グングンと空高く昇っていく。


「ひぃぃぃぃやぁあああああーっ!? おろ、降ろしてくれぇえええええー!?」 


「おいおいおいおい!? 大丈夫なのか、あれは!?」

クレーン車こいつ、思っていたより足遅いからな。このほうが怪我しなくていいだろうよ?」


 ほぼ三階建ての建物の高さに吊り上げられて泣き叫ぶシュンジを仰ぎ見るスキーマスクの大男に、クレーン車を運転するスーツの男は怒ったように言った。


「それよかサキよ。おまえさんこそ大丈夫なのか?」

「なあに、こうして屈んで車体を盾にすれば投石なんてそうそう当たるものかよ。それに──」


 言葉を切り、スキーマスクの大男はプラズマ・ライトを明滅させる。

 今まさに投擲せんとしていた窃盗団が、LEDのそれを遙かに上回る輝度の光線に目を焼かれうずくまり、すっぽ抜けたスパナが明後日の方向に飛んでいく。


「心配せずとも、このライトおもちゃのおかげで右側面こっちがわの敵にたいしちゃ無敵だぜ」

「待て。俺、言ったよな? そのライト借り物だって? 壊したら弁償なんだから、もっと大事にあつかってくんない?」

「なんだよ、ヒバ? 俺の心配より備品の心配とか、あんまりじゃないか?」

「カツカツの火の車なの、ウチは! てか、おまえさんも共同経営者なんだから、すこしは経費削減ってもんをかんがえてだなあ……」

「──っ! おいヒバ! 前見ろ、前!」


 スキーマスクの大男が叫ぶのと、スーツの男が急ブレーキをかけながらハンドルを大きく左へと切ったのは同時だった。

 シュンジが悲鳴をあげるなか、砂利と土埃をまきあげながら横すべりしたクレーン車は、しかし鋭角に左折す角を曲がりきれず、並んで停められた解体待ちの重機になかば激突するかたちで停車する。


「あっぶねーな、おい!? 備品の心配するまえに、ちゃんと運転してくれよ!」

「うるっせーな! こちとらクレーン車の特技MOSなんて持ってねーんだよ!」


 スーツの男は言い返しながら、ギアをいったんニュートラルに入れて、ふたたびクレーン車を発進させる。


「よっしゃ、動く! 予定通りこのまま敷地外まで逃げるぞ!」

「おい、大丈夫か? なんだったら運転、代わってやろうか?」

「いまさら何言ってんだ。だいたい、おまえさんもクレーンのMOSモスなんて持ってないのは同じだろう?」

「いいや? 大型特殊ダイトクの免許なら持ってるぞ?」

「は? おま……!? だからさ、そーゆーことは先に言っといてくんない!?」


 いい年齢をした大の男ふたりが、まるで子どものように言い争っていた、そのときだった。


くたばれチェット・ディ!」


 雄叫びのようなベトナム語の罵声とともに、解体待ちの重機の上か鉄パイプを手に跳びかかってきたのは、はたして窃盗団のリーダー格の、あのベトナム人のおっさんだった。

 とっさにスキーマスクの大男が飛び退き、スーツの男がシートに身を縮こまらせるなか、鉄パイプが運転席の強化ガラスに突き刺さる。


「おうコラ、こン腐れ外道が! 逃がすと思ってんのか!?」


 日本語の怒声に振り返れば、いったいいつの間に追いついて取り憑いたのか、年寄りのヤクザがリアバンパーにへばりつくようにして車体によじ登ろうとしていた。


「なんだよ、こいつら? 面倒くせぇなぁ、もう……」

「ぼやくな、ヒバ! ここは俺に任せとけって!」


 渋い顔をするスーツの男に、スキーマスクの大男は生き生きとした口調で返しながら、狭いデッキの上で振り返ってベトナム人のおっさんと対峙する。


「よお、あんた、只者じゃねえな? 軍隊あがり、それもかなりの精鋭部隊の出身と見た! 違うか!?」


 しかしベトナム人のおっさんは黙して答えず、ただガラス片を散らしながら鉄パイプを引き抜くやいなや、スキーマスクの大男の懐へと一気に間合いを詰めた。

 間一髪、斜め下方から顔面目掛けて突き上げられた鉄パイプを、大きく後ろ──この場合、クレーン車の進行方向──へ飛び退くことで避けたスキーマスクの大男は、すかさずプラズマ・ライトを照射する。

 常人なら正視することはおろか、瞼を閉じても耐えることができない暴力的な光線で顔面を照らされたベトナム人のおっさんは、しかし、いっさい怯むことなく鉄パイプを振りかぶってさらに踏み込んでくる。

 はたして、これ以上は下がることも左右に避けることもできないスキーマスクの大男は、渾身の力で振り下ろされた鉄パイプを、その手に持ったプラズマ・ライトで受け止めた。

 ガラスの割れる甲高い音とともに火花が散り、あれほど強烈だった光がフッと消える。


「ぬわあぁぁぁぁッ!? なにしてくれてんだ、馬鹿サキぃぃぃぃ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る