その3 日本ヤクザのララバイ

 首を巡らせて振り返えり、シュンジは息をのんだ。クレーン車の運転席から身を乗り出して声を荒らげていたのが、タクミの首を踏み折ったあのベトナム人のおっさんだったからだ。


「何ヤッテル!? ソイツ敵! 捕マエルカ殺スカ、シロ!」

「待ってくれ旦那。得体の知れねえ野郎なのはたしかだが、まずはこいつがどこのモンか知ってからでないと、あとあと面倒なことに──」

この馬鹿がマイ・ドー・ンゴック・アー!」


 ふたたびベトナム語で毒づきながらクレーン車から飛び降りたおっさんは年寄りのヤクザへと詰め寄ると、いきなりその頭を乱暴に引っ叩いた。


「オマエ、モウ、親分チガウ! オマエ、モウ、ワタシタチノ子分ネ!」

「……っ!」


 年寄りのヤクザが表情を強張らせ、周囲を取り囲むベトナム人たちがドッと笑う。

 シュンジは吃驚した。てっきり日本のヤクザがベトナム人窃盗団を利用して商売シノギにしているのかと思っていた。が、実態はその逆だった。ベトナム人窃盗団が日本のヤクザを利用してシノギとしていたのだ。

 意外だったのは、スーツの男も同じらしい。さも驚いたようにベトナム人のおっさんと年寄りのヤクザを見比べると、如何ともしがたいといった表情で訊ねるのであった。


「ええっと……それじゃあつまり、坊やの身柄は渡しちゃもらえないってことかな?」

「アタリマエネ! オマエ、生キテ帰レナイヨ! ──オイ、おまえらマイ・ズア!」


 どうやら窃盗団のリーダー格らしいベトナム人のおっさんが命じると、それまで成り行きを見守っていたベトナム人の窃盗団の子分たちが鉄パイプやバールなどの武器を手に、スーツ姿の男を取り囲むように広がりはじめる。


 ──ああ、もう駄目だ……。


 シュンジはふたたび絶望の底に突き落とされるような感覚に陥った。

 だがスーツ姿の男はと言えば、困ったような顔こそしているものの「いやあ、まいったねえ、どうも」と緊張感を欠いた様子で頭を掻くのであった。


「日本のヤクザ屋さん相手なら、まあなんとか話し合いで解決できるかと思ったんだけど、まさか外資系さんだったとはな。これもサプライチェーンの一種なのかもしれないが、いやはや時代だねえ……」

「黙レ。日本人グイ・ニャッ・ヴァイ


 低く凄みのある声でベトナム人のおっさんが警告する。


「ソンナニ話シタカッタラ、誰ニ雇ワレタカ話スト良イネ。ソシタラ二人トモ、苦シム事ナク楽ニ死ネルヨ」

「あー、無理無理。孫請けかなんかだから。詳しいことはよくしらねンだわ」


 自らの命が風前の灯火にあるとは思えない軽い口調で返し、スーツ姿の男は「てなわけで」と、肩の高さにあげた両手をひらひらさせるのだった。


「こっからはプランB。脳筋おバカのやり方に切り替えさせてもらうわ」

 

 スーツ姿の男がそう言った、まさにその瞬間だった。

 近くに田んぼと畑しかない田舎の夜の静寂を切り裂いて、盛大なクラクションと大出力のディーゼル機関の排気音が鳴り響く。

 それと同時に、パァーっと一気に周囲が明るくなるような強力なライトで照らされ、スーツ姿の男の姿がかき消えるように見えなくなる。


 シュンジは最初、ハイビームにした自動車のヘッドライトかと思った。が、文字どおり眩いばかりのその白い光はハイビームにしても、あまりに力強く、ほとんど目を開けてはいられないほどであった。

 そしてそれは、ベトナム人の窃盗団たちにとっても同じだったらしい。皆、眩しそうに顔を背けて、光を避けようと武器を持つのとは逆の手をかざしていた。


 と、シュンジのすぐ後で、あらたにディーゼル機関が動き出す音があがった。

 いや違う。あらたに、ではない。もともとアイドリング状態で動いていたエンジンが回転数をあげたのだ。そのことにシュンジが気がついたのは、自分を吊り下げたクレーン車が動き出したからに他ならなかった。


「わっ!? わっ! わあああーっ!?」


 シュンジが悲鳴をあげると、近くにいる窃盗団の子分たちが振り返えった。

 だが、強力なライトで目潰しを食らった状態だった窃盗団の子分たちは、シュンジを吊したクレーン車が突進してくることに気づくのが遅れた。

 結果、双方が「フギャッ!?」とも「ンガッ!?」ともつかぬ声をあげるなか、クレーンに吊されたシュンジに激突された窃盗団が次々に薙ぎ倒されていく。


 いっぽう、ハイビームで窃盗団たちの目を潰したほうの車両も動き出していた。

 それは巨大なブレードが付いた大型のブルドーザーだった。運転しているのは黒いスキーマスクをした大男で、身につけた半袖のポロシャツの胸ボタンがはち切れそうなほど胸筋が発達しているのが遠目にも見て取れるほどであった。

 スキーマスクの大男はクラクションを鳴らしながら、立ち並ぶベトナム人窃盗団へとまっすぐに突っ込んでいった。

 だが、もとより速度が出るようには作られていない車両である。

 難なく脇へと跳び退いた窃盗団の子分たちは、怒りもあらわに、それぞれ手にした鉄パイプやバールなどの武器を、露天式オープン・キャビンの運転席へと投げつけようとした。

 しかし、いざ攻撃に転じようとした窃盗団たちは、スキーマスクの大男が片手で保持した、まるで劇場用の照明のような巨大なライトが放つ強力な光によって目を潰され、投げた武器はことごとく明後日の方向へと飛んでいってしまう。


 かくしてクレーン車とブルドーザー、二台の重機はベトナム人窃盗団を追い散らしながら、それぞれ半円を描いて、地面に転がるタクミとルキアを挟み込むようにして停車するのだった。

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