その2 外国マフィアのララバイ

 そして気がついたら大型のクレーン車で吊り下げられていた。いつの間に集まったのか、いかにも東南アジア系のチンピラ然としたベトナム人たちに周囲を囲まれていて、皆、不機嫌そうにこちらを見つめている。

 はたしてこれからいったいどんな目に遭わせられるのか。怯えるシュンジに語りかけてきたのは、あの年寄りの従業員だった。


「坊主、誰に頼まれた? どっかの組か? それとも愚連隊気取りのガキどもか?」


 ツナギの作業着の上半身をはだけてランニング姿になった従業員の二の腕から肩にかけて、和彫りの入れ墨がびっしりと刻まれていることに、シュンジは今さらながらに気がついた。

 何が年寄りの作業員だ。話が違う。年寄りは年寄りでも、どこからどう見ても本職ヤクザではないか。


「か、勘弁してください! 俺は何も知らないんです!」


 シュンジは泣きながら話した。SNSで募集されていたバイトであること。タクミとルキアの素性。Signalで連絡を取り合うだけの〝雇用主〟のこと。洗いざらい、なにひとつ隠し立てすることなく、すべてを白状した。

 だが、年寄りのヤクザは「それだけじゃああんめえべ?」と囁くのだった。


「おめえを雇った連中に他にも知ってるだろう?」

「え? いや、だから俺、DMで紹介された仕事に応募しただけで、ガチでなんも知らない──」


 鳩尾を殴られる。突き上げるような重たい拳だった。


「どうだ坊主? 頭スッキリして思い出したろう?」


 胃の中身をぶちまけるシュンジの顔を見上げて、年寄りのヤクザがふたたび問う。


「誰に頼まれた? クルド人か? ジャマイカ人か? フィリピン人あたりか? それともチャイニーズのどこかか? まさか今どき北朝鮮ってこともあるめぇべ?」

「わ、わかりません。DMも通話も日本語だったか──らっ!?」


 ふたたび、さらに重たい拳で鳩尾を突き上げられる。


「いいか? もういっぺん訊くぞ? どこの組織の連中の絵図で強盗タタキにはいった?」

「も、もお、許ひてくらしゃい……本当ほんほーになんもらないんれ──」


 また殴られる。今度はもはや胃液すら出なかった。

 いくら訊かれても知らないものは知らない。だが、年寄りのヤクザはそんなことにはいっさい聞く耳を持たなかった。ただ繰り返し質問しては望む答えでないと殴るのだった。

 これじゃあ死んじまう。ちがう。最初から殺すつもりなんだ。尋問はあくまでだ。シュンジは咽び泣いた。すると、さらに殴られた。


 ──誰か……誰か助けてくれ。


 失禁し、しゃくりあげながら、シュンジが天に祈ったその時だった。


「あんの〜、すンませーん。どなたかいらっしゃいませんかー?」


 緊張感のまったくない間延びした声に、シュンジを含めた皆がいっせいに振り向く。

 はたしてそこには、くたびれたスーツをだらしなく身につけた、冴えない中年男が両手をあげて立っていた。


「あ、ドーモドーモ。お取り込み中のところ申し訳ない。さっきから何度かお声がけさせてもらったんですけど、返事がなかったんでね、勝手に入らさせてもらいましたよ。いやあ、なにしろこっちも仕事なもんでねー、後日改めてってわけにもいかんのですわ」


 くたびれたスーツの男は、まるで目の前の暴力沙汰が目にはいらないかのように飄々とした足取りで近づきながら、シュンジにむかって手を振るのだった。


「おーい、きみぃ? 田邊くんだろう? K大商学部二回生の? 実家は春日部で、父方のお祖父さんと叔父さんが岩手県に居る、田邊シュンジくんで間違いないよね?」


 なんだこいつ? なんだって俺の個人情報を知っている? というか、実家や岩手の爺ちゃんと叔父さんのことをなんでわざわざ訊いた?

 わけがわからず、シュンジが「あー」とも「うー」ともつかぬ声を漏らせば、スーツの男は「あ、おっけーおっけー。うん、わかった。もういいや」と面倒くさそうに返すのだった。


「やっぱ、間違いないみたいですわ。いやあ、どうもご迷惑かけちゃったみたいですみません。その坊や、こっちで引き取らせていただきますので、どうかここはひとつ、穏便に手を打ちませんか?」

「兄さん、あんたぁ、馬鹿にしてんのか?」


 穏便とは対局的な場の空気をものともせず、飄々とした態度を崩さぬスーツの男をまえに、年寄りのヤクザは低い声で凄む。


「ひとの商売シノギを狙って、強盗タタキを働こうとした餓鬼を、はいそうですか、と返せるわけがねえだろうが?」

「いやいやいや、そう仰られないでかんがえてもみましょうや? この子らを暴行ボコしてバラして……それでどうなるんで? 死体の処分は手間だし、下手なところに埋めたり捨てたりしたら、そっから足が付く可能性があるこたぁ、おたくさんもわかってることでしょうが?」


 ね、そうでしょ? と、畳みかけるスーツの男に一瞬気圧されるたように黙した年寄りのヤクザは、薄気味悪そうに「あんたぁ、何者だ……?」と訊ねる。


「極道でも不良界隈半グレでもねえ。なら警察官デコかといえば、こっちを逮捕パクろうって言う意志も気迫も感じられねえ……。まさかか何か?」

「いやだな、そんな。ただのしがない自営業者ですって」


 ヘラヘラと笑い飛ばし、スーツの男は「まっ、それはそれで」と、パン!と音を鳴らして手を合わせていった。


「もちろん無料タダでとはいいません。五十万、出しましょう! んで、そこに転がってる彼のオトモダチは、おおまけにまけて二十五万。併せてキッチリ百万円ってえところで、どうです? 悪い取引じゃあないでしょ?」


 スーツの男が何者で、なぜそこまでして自分を救い出そうとしてくれるのか。シュンジにはまったく理由が思いつかなかった。が、もしかすると助かるかもしれないということだけはわかった。

 他のふたりがどうなろうと知ったことはないし、ルキアはともかくタクミに関してはどうせ死んでいるのでどうでもよかったが、三人併せて百万円もの身代金を払ってくれるのだ。自分ひとりだけならば、なんとか解放してもらえるかもしれない。

 だが、そんなシュンジの淡い期待を打ち砕くように背後から「カムモン ・ミエン!(黙れ!)」というベトナム語の怒声があがる。


「アナタ馬鹿! ソンナ取引、乗ルワケナイヨ!」

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