Fire&Assault ヒバサキ探偵事務所の事件簿

ゆうたろう丸

序 探偵事務所のよくある下請け仕事

その1 闇バイトたちのララバイ 

 ──強盗タタキなんてするんじゃなかった。


 シュンジは後悔していた。

 拘束された腕を大型クレーン車のフックに通され、地面から三〇センチの高さに吊されたシュンジの足元には、ぼろ雑巾のようにされたタクミとルキアが転がっていた。

 タクミは前座とはいえ地下格闘の試合にも出たことがあると自慢していたし、ルキアは川崎のストリートではそれなりに名の通ったチームで鳴らした喧嘩屋だと名乗っていた。

 本当かどうかはしらない。つい先週、知り合った仲だ。きっかけはSNS。ちょっと割のいいバイト募集に、それぞれが応募して集められたのだ。


 埼玉県寄りの千葉県と茨城県の境にある重機専用の解体所ジャンク・ヤード。名義上は日本人が経営しているが、実態はベトナム人窃盗団の拠点であり、盗難重機を屑鉄という形で海外に輸出しているのだと、シュンジは聞かされていた。

 割の良いバイトとは、窃盗団の儲けをまるごといただいてしまうというものだった。違法な商売の性質上、取引は現金でおこなわれるのが基本だ。ヤードの事務所の金庫には億に近い紙幣があるはずだとSignalのグループ通話ではじめて会話した〝雇用主〟は断言した。

「かんたんな上に安全な仕事だよ」「どうせ相手はベトナム人だ。強盗タタキに遭ったからって警察デコに通報するわけにもいかねえ」「追い込みをかけられたら? ヘーキヘーキ、ネットで知り合っただけの俺たちを見つけられるわけねーじゃん?」

 軽妙に語る〝雇用主〟の話を聞かされているうちに、シュンジもちょろい仕事だと思った。


 なのに、結果はこの有様だ。


 最初にやられたのはタクミだった。

 窃盗団と繋がりがあるヤードといっても四六時中、やばい奴等がたむろしているわけではない。日本人の年寄りが数人と、ベトナム人らしい作業員が十人ほどいるが、それは日中の営業時間だけのことだ。遅くとも夜の十時をまわる頃にはそれぞれ引き上げてしまう。その後もプレハブの事務所に残るのは、当番制で日本人の年寄りが一人、そして常駐で三十代くらいの貧相な身体付きをしたベトナム人のおっさんの、計二人だけであることまでは調べが付いていた。

 シュンジたちは、まず日本人の年寄りとベトナム人のおっさんをひとりずつ潰していくことにした。正直、武器エモノをもった男三人がかりだ。ふつうに喧嘩しても負けることはないと思ったが、もし予想外に抵抗されたら仲間を呼ばれるリスクがある。念のためだった。

 ところが、いざ実行の段になってタクミは自分一人でやると言い出した。素人相手にエモノなんていらねえ、スリーカウントより先に締め落としてやるぜ。そう嘯くタクミに、シュンジとルキアも面白がって乗った。


 実際、廃棄となった重機が所狭しと並べられたヤードの片隅で立ちションをしていたベトナム人のおっさんの背後に忍びより、首をホールドしたまではよかった。

 誤算だったのはベトナム人のおっさんが躊躇なくタクミの目に指を突き入れてきたことだ。


 悲鳴をあげ、指を突っ込まれた目を押さえてのけぞるタクミ。拘束を逃れたベトナム人のおっさんは、無造作な動きでタクミに足払いをかけて仰向けにすっ転ばせると、その首めがけ便所サンダルを履いた足を勢いよく踏み降ろした。

 ボキリッ! と、まるでジョーク動画につけられる効果音SEのような鈍い音が、離れて見ていたシュンジの耳にもはっきりと聞こえた。

 タクミは白目をむき、ビクンビクンと数回おおきく身体を震わせたかと思うと、小便を垂れ流してそれっきり動かなくなってしまった。

 それらの意味するところをシュンジが理解するよりも早く、隣りにいたルキアが木刀を捨てて逃げ出していた。


 ──あ、ずるい。


 そう思ったときには、シュンジもまたルキアのあとを追って駆け出していた。

 殺した。ガチで。事故や喧嘩の勢いではない。ましてや、ボコしたことの比喩などではない。ほんとうに人間を殺しやがった。それも冷静に、いっさいの躊躇いもなく、まるでゴキブリでも踏み潰すかのように無造作に。

 ヤバイ。あいつはヤバイ。ヤバイと言っても不良界隈のヤバイではい。暴走族半グレ本職ヤクザなどとは根本的に別種の、まるで得体の知れないヤバさだ。

 シュンジは、ともすればすくみそうになる足をなんとか動かし、恐怖に狭まる視界のなかルキアの背中だけを見つめて必死に走った。

 すると目の前を走っていたはずのルキアの姿がいきなり消えた。

 えっ!? と思った次の瞬間、シュンジは何かおおきなものに蹴躓いて、砂利や砕けた強化ガラス、そして剥離した鉄錆の粉が散らばる地面に両手をついて倒れていた。


 ──クソ! 何だよ、いったい!?


 毒づき、とっさに振り返ったシュンジは息をのんだ。

 自分が躓いたものが血溜まりのなかに倒れ伏すルキアであったとわかったからだ。


「なっ!? なっ、なんなん──!?」


 腰を抜かして後ずさるシュンジの耳に、ザク……ザク……と、ゆっくりと砂利を踏みしめて近づいてくる足音が聞こえた。はたして停められた重機のあいだから常夜灯の白々とした光のもとへ姿をあらわしたのは、当番で残っている年寄りの日本人従業員だった。シュンジは大きく目を見開いた。その手に血の付いたシャベルが握られていたからだ。


 ──この年寄りジジィ、まさか俺を殺す気か!?


 そうシュンジが思うのと、年寄りの従業員がふりかぶったシャベルを脳天にたたき落とすのは、ほぼ同時だった。

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