第29話 空に咲く大輪の花(4)

 真っ黒な液晶の向こう側。

 闇の中に霞の城が浮かぶ。

 白い壁に黒い石垣のコントラスト。

 その上に真っ赤な花がポンと咲く。

 緑色、黄色、青色。色とりどりの花が宙に咲き誇る様は、前後から聞こえる音響も相まって、俺たちふたりを魅了していった。


「きれいだね」

「うん」


 カーテンを閉めて、部屋を暗くしたリビングで。

 ソファーに並んで腰かけて、手と手をつないだ俺たち。

 盆踊りのときに着た、浴衣に着替えて、打ち上がる花火を見ていた。


「ありがとね」

「うん」


 台風のせいで、地元の花火大会が中止になった。

 あきらめかけた。こればっかりはどうしようもないって。

 でも、可奈かなとこうしていられる時間がもう長くないんだと知ったら。

 どうにかして、可奈かなと思い出を作りたい――意地でここまでこぎつけた。


青葉あおばくんは、やっぱりすごいね」

「なにが?」

「こうと決めたら、やっちゃうところ」

「まー。それしか取り柄がねーからな」


 あっけらかんと口にした俺は、可奈かなの意外な横顔をみた。


「私にもあるのかな。人に言える取り柄みたいなモノ」

「あるに決まってんだろ」


 俺の言葉は空を斬った。

 変わらない横顔を見れば、嫌でもわかる。


「……私、わかんないの。自分に何ができるのかって」

「それは俺も一緒だから。可奈かなだけじゃねーよ」


 手を握りしめても、変わらない表情。

 よほど根深い何かなのかもしれない。


「少なくとも、学校一の不良の顔を人前でひっぱたくだけの肝はあるよ」


 さすがに、可奈かなが顔を真っ赤にした。


「あ、あれはッ! あの場の勢いでやったことだからッ!」

「なんつーかな。とっさの行動って、その人間の地力じりきみたいのがるンだよ」


 何のために鍛錬を重ねるのか。

 とっさのとき、身体が動くようにするためだって、俺は思ってる。

 鍛錬を積み重ねた空手家の生き様に、俺はずっとあこがれていた。

 大山館長やフィリォやフェイトーザみたいな強いヤツになりたい。

 強くなって。そして、正義のヒーローになりたかった。

 強くなった。だけど、守りたい人を傷つけてしまった。

 俺が求めていた「強さ」とは、なんだったのか。

 俺は道を見失った。それから二年間、迷路から抜け出せずにいた。

 その前に現れた可奈かなは眩しかった。長い隧道トンネルの出口のように。


「なんつーかさ。芯の強さが、可奈かなにはある」

「……」

「ぶっちゃけ、俺は。そこに惚れてる」


 俺が求めた強さとは質の違う強さが、この女にはあったんだ。


「……は、恥ずかしいこと、しれっと言うし」

「おっぱいみられるより恥ずかしい?」

「それとこれとは、話が別ッ」


 ぷくっと膨らませた頬をつつく。

 釣り上げたフグが怒ったみたい。

 そんなところも、かわいい。


「あー。やっぱりかわいすぎ。もっとかわいがりたくなる」

「ちょっと、ヤダッ……待って!」


 肩を抱き寄せて、耳を噛む。

 耳を舐めて、頬に口づけて、髪を結い上げたうなじに鼻を寄せる。

 シャンプーの残り香に、オスを魅惑するメスの匂いが隠されてた。

 キスの絨毯爆撃を続けてるうちに、甘ったるい吐息が漏れ出した。


「……もう。花火観るだけのつもりだったのに」

「……したくなってきた?」


 肯定も否定もしない。


「青葉くんのせいだよ……」

「わーった。俺のせいだから、俺が責任とる」


 男物の浴衣の袖には、モノが入るスペースがある。

 そこから避妊具を取りだすと、可奈が甘いため息。


「青葉くん、ホントすけべだね」

可奈かなだって、すごく物足りない顔してる」

「ぁう……ぅぅッ!」


 蒼い瞳の中に。

 理性と欲望がせめぎ合った末の情念の炎を見た。


「今しかできない。忘れられない思い出を――作ろうぜ」


 どちらからともなく、唇を合わせて、舌を絡ませた。

 汗ばむ肌。崩れていく浴衣。はぎ取った帯を互いに投げ捨てる。

 浴衣を着くずしたまま、たわわな双丘と筋肉質の胸板が重なりあった。


「脱がさないの?」

「脱がしたら、いつもと一緒だろ?」

「ヘンタイッ。青葉あおばくん、マジヘンタイッ」

「本当にイヤだったら、突き放してみろよ」


 憎まれ口と、ディープなキスを互い違いにして。

 花火の爆音のなか、俺と可奈かなは、ひとつに融け合っていく。



 ※ お知らせと御礼 ※


 「地味子と一匹狼」一時期休載しておりましたが、連載を再開いたしました。

 大変お待たせいたしまして、申し訳ございません。

 

 仕事の繁忙でまとまった時間が取れないことも多く、ストレスもあって睡眠障害が出ていることもあり、以前よりペースは落ちるかもしれません。

 インプットを増やしつつ、リハビリを兼ねて書いている状況です。

 そのような中、フォローをはずさずにお待ちくださったフォロワーの皆さま、★をつけてくださった皆さまに御礼申し上げます。

 一歩一歩、「面白い」話を書いていけるように、歩みを進めてまいります。


 次話より第三幕となります。

 高校模試など、一匹狼が試される局面も出てまいります。

 今後とも応援のほど、よろしくお願いいたします。


 有馬美樹拝

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