第18話 盆踊り(3)

 呑み込みが早いというかな。

 やっぱり、可奈かなは頭がいい。

 所作を教えて、繰り返すうちに覚えた。

 一緒に輪に混ざって、炭坑節たんこうぶしを踊りきった可奈かなの汗光る頬。


(こんな表情、初めて見た気がする)

「はぁ……盆踊りって、楽しいねッ」


 俺と同じ匂いがする。

 コイツは飢えている。

 独りぼっちで、誰かと一緒に何かをす体験に。


「そりゃよかった。教えた甲斐かいがあったってモンだ」

『はーい! それじゃ、次はズンドコ節いくよー!』


 耳馴染みのある演歌が流れだす。

 商店会のおばさま方にファンが少なくないんだとか。


「次のは?」

「二〇年前に大ヒットした演歌。一応、振り付けがあるらしい」


 炭坑節たんこうぶしよりも少ない、三つの所作。

 それを披露する俺の横で、真似るカノジョ。

 俺と一緒に、踊りの輪にまざって。

 すっかり、祭りの雰囲気に溶け込んでいた。


 ***


「あー、すっごく楽しかった!」


 盆踊りが終わった。

 屋台で焼きそばを買って、家に帰ろうとしたけど。


「もう少し、残ってもいい?」

「焼きそば、冷めちまうけど」

「帰ったら……着替えなきゃいけないでしょう」


 そうか。

 もう少し、浴衣を着ていたいんだな。

 神社の近くの公園のベンチに、ふたりで座った。

 髪を結い上げたカノジョの匂いが、伝ってくる。


「すごくよかった。ジョホールの盆踊りとは、また違った楽しさがあって」

「ああ、俺も。盆踊りで久しぶりに踊ったわ」

「え、うそ!? あんなに上手に踊ってたのに」

「動画で予習しただけ。空手の『型』みたいなもんだから」


 目を丸くしたカノジョが、笑った。


青葉あおばくんはすごいね。なんでもできちゃうんだ」

「なんでもじゃねぇよ。知ってることだけ」

「……そっか。じゃあ、私とおんなじだね」

「うん。得意、不得意がちょっと可奈かなと違うだけ」


 ごく自然に手を重ね合っていた。


「日本に来てから、知らないことがいっぱいあった。それが、わかった」

「それって、まだまだ伸びしろがいっぱいあるってことじゃん?」

「のび、しろ?」

「もっともっと。楽しいって思えることがきっとある。そういう意味で」


 カノジョが手を握りしめてくる。


「もっと、楽しいこと……いっぱい、したいな」


 胸が跳ねる。


「どうしてかな……もっと、一緒にいたいよ」

「……うん」


 肩を寄せる。


「……帰りたくないな」

「……俺も」


 透き通った青い瞳に。

 月明かりが射し込む。

 吸い込まれるように唇を合わせて、抱きしめた瞬間。

 どちらからともなく、お腹が「ぐぅ」と音を上げた。


「……おなか、空いたね」

「……うん」


 食欲という三大欲求に。

 育ち盛りのカラダは、正直だった。

 結局、おれに帰って、焼きそばをレンジでチンして。


「「おいしい~~!」」


 すきっ腹に焼きそばを食べて、俺も可奈かなもすっかり満足してしまった。

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