第17話 盆踊り(2)

 パンデミックのせいで、三年前を最後に開催されなかった盆踊り。

 今年、三年ぶりにうちの近所でも開催されると決まった。

 県内の感染者数は、連日、過去最高を更新し続けているらしいが。

 政府も外国人観光客の受け入れを再開しているし、知事も緊急事態宣言を要請する様子はないらしい。

 だから、もう「自粛」という空気はない。


可奈かなちゃん、サラシなんて持ってたのね」

「もう、着けるつもり……なかったんですけど」


 サラシ巻くの、もうやめたら――。

 俺が可奈かなにそう言ってから、もう一カ月以上経ったんだな。


「着物はね、カラダに凹凸がない方がえるのよ。これは可奈かなちゃんを綺麗に見せるために巻くの――はい、あおちゃんはお外で待っていなさい」


 先に浴衣を着てた俺は、部屋から閉め出された。

 たぶん、おふくろが手ほどきしているんだろう。

 サラシの巻き方から、浴衣の着付けに至るまで。


「お、おまたせ……」

「――ッ!?」


 仕立て直したという浴衣は、藍色の落ち着いた風合い。

 黒や藍の生地は、身体を細く見せる効果があるらしい。

 帯はオレンジ色。暖色系の色合いで、浴衣とは対照的。

 後ろ髪は一つに結い上げ、うなじが露わになっている。


「めっちゃ綺麗じゃん」

「あ、ありがとう……」


 サラシを巻いて、胸が出過ぎないようにしているからだろう。

 違和感なく浴衣を着こなしていた。


「さあ、いってらっしゃい!」

「「いってきますッ」」


 おふくろに見送られ、俺と可奈かなは手をつないで家を出た。


 ***


 商店街から少し歩いたところにある、神社の境内。

 たくさんの屋台やたいが連なったなかで、集まった視線。

 可奈かながより強く、手を握ってきた。


可奈かなが綺麗すぎるから、みんなびっくりしてるんじゃね?」

「そう……かなぁ?」

「大丈夫。変な野郎が来たら、またローキックかましてやる」

「あの痛そうなやつ?」

「あ、それなら鉄下駄はいてきた方がよかったか」


 カノジョが明らかにドン引きしてた。


青葉あおばくん。その発想は、ちょっとおかしくない?」

「デスヨネー」


 かなりおかしい。と言わない可奈かなも、ちょっとずれてる気がするけど。

 ま、ここは見知った顔ばかりだし。そういうことはねーさ――たぶん。


「あれ、もしかして……キャンディーアップル?」

「ん?」


 可奈かなが指差した先に、りんご飴の屋台やたいがあった。


「りんご飴だな。アメリカにもあんのか?」

「うん! ハロウィンのときによく食べてた」

「へぇ~。じゃ、おごるから一緒に食おう。な?」

「え、いいの? ありがとう!」


 おふくろから、アドバイスがあった。

 女の子はお化粧したり、いろいろ時間と手間とカネがかかるんだと。

 だから、あおちゃんがおごってあげるくらい、甲斐性かいしょうみせてきなさい――と。


「おっちゃーん、りんご飴ふたつー」

「へい、お待ち!」


 もらったうちの一本を可奈かなに渡して、一緒に食べる。


「日本のキャンディーアップルも、おいひい~~♡」


 思いきり顔がほころんでいる。

 女の子はやっぱりスイーツに目がないらしい。


「りんご飴食ったし、踊りに行こうか」

「うんッ」


 可奈かなを誘って、少し広くなったところへ。

 一段高くなったやぐらで和太鼓がドドン、ド、ドン♪

 それを囲むように、左回りで人の輪ができていた。


『つきが~ でたで~た つきが~でたぁ~ ヨイヨイ』

「あれ、なんの歌?」

炭坑節たんこうぶしだな。盆踊りの定番曲」


 動画サイトで予習してきた。

 もとは、炭鉱が多かった九州の福岡県で謡われてたらしい。

 炭坑節の踊りの所作は六つ。それを繰り返すだけだ。

 俺は空手の「型」の要領で覚えた。それを披露する。


「曲の始まりで。正面向いて、ちょちょんがちょん、と手を叩く」

「うん」

「スコップで石炭を掘る。右に二回、左に二回」

「ふむふむ」

「で、石炭を担ぐ。右に、左に」

「……」

「で、次は後ずさる。右手を横に、同時に右足を引く。反対側の左手はひじからL字に立てて、顔の横に添える。これも、右と左を交互にやる」

「……どうして?」

「そういうモンなのッ!」


 忘れてた。

 俺はカラダで理解するタイプだから、普通に受け入れてたけど。

 可奈かなは、理屈で理解するタイプなのかもしれない。


「要するに、炭鉱で謡われてた民謡がもとになってんの。だから、踊りの振り付けも石炭を掘ったり、担いだり、押し車で運んだり。そういう意味がこもっているわけ。アンダスタン?」

「オーケー! トラディショナルな意味があるわけね。先、続けて」


 日ごろ勉強を教わってた俺と可奈かなの立場が。

 今日に限っては、まったく逆になっていた。

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