第16話 盆踊り(1)

 模試の申し込みを済ませた俺と可奈かな

 塾の空きコマを使って、自習室で模試対策を始めた。

 自分が思っていたよりも、あっという間に。

 八月最初の一週間は過ぎていった。


「あー、アタマが焼き切れそう」

青葉あおばくん、かなり頑張ってたもんね」


 金曜日の夕方。最後の一コマが残っていた。

 人間、ゴールが見えてくるとつらくなるのはなんでだろう。

 腹が痛いときも、トイレに駆け込んだら、急に漏れそうになったりするし。


「明日、休みだから、がんばろっ」


 五科目全部を受講対象に突っ込んだ。

 塾の予定が朝から晩までめいっぱい。

 今日、最後の授業は「英語」だった。

 英語も、正直あんまり得意じゃない。


 ファッキン・ジャップくらいわかるけどな。バカ野郎。


 ***


「あー! おわったッ!!!」

「お疲れ様でした。ふふふっ」


 学習塾を出て、商店街に差し掛かる。

 時計の針は、午後八時を回っていた。


「ちょっとお腹すいちゃったね」

「惣菜でも買ってくか?」

「うんッ、そうしよっか」


 スーパーの総菜売り場をざっと眺める。

 この時間になると、値引きの札がついて安く買えるんだ。

 それを狙うヤツは多く、品切れになるモノも少なくない。


「あ、これおいしそう! 鮭といくらのはらこ飯だって」

「値引き対象じゃねーけど、いいの?」

「いいのいいの! 自分へのご褒美~♪」


 ノリノリなカノジョを尻目に。

 俺は値引き札のついた惣菜をいくつか、カゴに入れてゆく。

 可奈かなはおしゃれな帆布のマイバッグ。

 俺は再利用してるスーパーのレジ袋を用意して。

 セルフレジでお会計を済ませて、家路についた。

 可奈かなまで送り届けて、一緒に飯を食っていたときだ。


「明日、盆踊りあるんだけど。行かねー?」

「ぼん、おどり……あっ、ボン・ダンス!」


 何か、微妙にずれている。


「昔、シンガポールにいたとき、ジョホール・バルのお祭りに行った!」

「ジョホール? バル?」


 とりあえずググった。

 マレー半島の先端、シンガポールの隣の都市。

 世界最大級の盆踊りだかで有名らしい。


「な、なんだこりゃ……なんかのフェスかってノリだな」

「こういうんじゃないの?」

「ここまでエキサイティングなモンじゃないけど……もっと、伝統的な。なんつーんだっけ……あれだ、ジャパニーズ・スタイル!」

「それを言うなら――トラディショナル、だよ」


 間違いを指摘するカノジョ。

 まんざらでもない顔で軽く頬っぺたをつついてきた。


 ***


 翌日。

 いつもの朝食で、盆踊りに行くとおふくろに告げたら。


「こんなこともあろうかと。仕立てておいたのよー!」

「「ゆ、浴衣!?」」


 俺たちの思考が読めるのか!?

 おふくろ……アンタ、ホントに何者なんだ。


可奈かなちゃん、自分の持ってないでしょ?」

「は、はい……」

「私が昔着てたのが、タンスの奥にあったから――仕立て直しちゃった」

「ん? おふくろの若い頃って何年ま――」


 乾いた微笑みに言葉を失った。

 目が笑ってないよ、お母さん。


「お、おふくろ様はじゅうぶん、若いと……思います。はい」

「ちょっと地味かもしれないけど、帯もいくつかあるから、好きなの選んで」


 ごはんの後で、実際に身につけてもらった。

 体形が違っていておかしくないのに、可奈かなの体形に合っている。


「そりゃ、可奈かなちゃんの体形は事前に測っておいたから」

「いつの間にぃぃぃ!?」

「花屋のお手伝いで、お店の制服に着替えてもらったでしょう?」


 確かに――。

 うちの店ではカジュアルな作業着をアルバイト含めた全員に貸与している。

 私服を汚すわけにいかないから、だけど。


可奈かなが外堀埋めてる系なのかと思ってたが、実は外堀埋められてた系!)


 ニコニコしているおふくろ。

 何を考えているのか、底知れない笑みに。

 悪寒らしき何かが走ったのは気のせいか。

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