第9話 花屋の用心棒

「すげえよ可奈かなは。頭が回るし、かわいくて愛嬌もある。なにより、どんなお客さんの気持ちにも寄り添える。なんつーか、俺よりずっと花屋に向いてる」

「かいかぶりすぎだよ。青葉くん。花の品種を一目で見抜いて、花言葉まで言い当てちゃう青葉くん、すごくカッコよかった。そんなスキル、私にはないから」


 カノジョにそう言われると、なんか誇らしい。

 でも、あの高校生の背中を押したのは俺じゃない。

 確実に、カノジョの一言だった。


 ――後継者育成がうまくいっているようで。やるわね、玉衣たまえちゃん。


 ――いいえ、それほどでも。等々力とどろきさん。


 ――あの子、お嫁さんに来てくれるといいわね。


 視線を感じた。

 おふくろと常連さんの熱いまなざしが、背を向けるアザミの花に注がれていた。


(んー。花屋を継ぐかどうかも、決めてないんだけどな)


 まぁ、でも。

 この二重瞼ふたえまぶたの美しいカノジョを。

 いつの日か、お嫁さんに迎えられたら――とは。

 俺も、そう思わなくもない。


 ***


 日曜日から金曜日、休日の木曜日を除いて、計五日の花屋のお手伝い。

 そのあいだ、いろんなことがあった。

 可奈かな目当てに来る男性客にガン飛ばしてる俺を、おふくろが裏に連れていき。

 逆に、しつこいのが来て可奈かなちゃんが困ってる――と裏から連れ出されたり。


「ねー、キミめっちゃカワイイ! どこの高校?」

「ごめんなさい、仕事中なので」

「じゃあさ、仕事終わった頃にお茶しようよ。仕事いつ――」

「――あのー、うちのバイトの子に、なンか御用ごようっすかー?」

「……あ! ボク、用事思い出しちゃった! ごめんねー!」


 ひきつった顔で笑って、目で睨んだら逃げていった。


「フンッ。二度と来ンな。馬鹿野郎」


 あー、そうだよな。どっかの高校の不良、五人くらい病院送りにしたもんな。

 従兄アニキが「とある情報筋」から聞いた話じゃ、変に名前が売れちまったようで。


(俺、めんどくせーのは勘弁したいんだけど)


 ヤンキーとか、そういうのに絡まれるのはごめんだ。

 せっかく、可奈かなと同じ高校を受験すると決めたんだ。

 これ以上、学校の内申点せいせきを落とすわけにはいかない。


青葉あおばくん、ありがとう。しつこくって困ってたの」

「こういうとき、あおちゃんホント役に立つわぁ♡」

「なんかの用心棒かよ!? 俺はッ」


 ***


 金曜日の午前十時から午後三時まで。

 それで、可奈かなと俺の今週のシフトはおしまい。

 土日は、デートの予定が入っている。


「はいっ。二人ともお疲れ様でした」


 タイムカードを押した俺たちに、おふくろが紙袋を渡す。

 給料袋でお駄賃だちんをもらうのは、初めての経験だ。

 それは可奈かなも同じだったようで。


「え、こんなにもらっていいんですか!?」

「そりゃ、高校生のバイト相当ですから」


 おふくろが片目をつぶるウィンクを飛ばす。

 はた目じゃ、高校生にしか見えないもんな。


「青葉くん。いつ、水着見に行こうか?」

「なんなら、今から行ってみる?」

「――うんッ!」


 満面の笑みで答えるカノジョ。


(かわいくてセクシーな水着あるといいなぁ)


 どんな水着が似合うかな。楽しみでしょうがない。

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