第8話 咲き薫るアザミの花

 駅前商店街にある花屋『藤花園とうかえん』。

 その店先に咲き薫る、一輪の可憐なアザミの花。

 お店の名称が入ったエプロンをかけた、二重瞼ふたえまぶたの碧眼の少女。

 その容姿に惹きつけられたのか、花屋に立ち寄る客が日を追って増えていった。


「あら、玉衣たまえちゃん。あの綺麗な子、新しいバイトさん?」

「こんにちは、等々力とどろきさん。ええ、そうなんです。短期のアルバイトなんですけど、かなり優秀なんですよ」


 ご贔屓ひいきにしてくださってる常連さんとおふくろとの会話だ。

 実際、可奈かなはとても熱心に花の品種を学んでいた。

 俺が持ってた花の図鑑を食い入るように眺めていたくらい。

 おふくろがお客様の要望に対して提案する品種、その理由を丹念に手帳に記録しているのを俺は見ていた。

 当然、すぐに何かができるようになるわけじゃないだろう。

 ただ、おふくろが花の名前を口にしただけで、それが店のどこに置かれているか、在庫が何本くらいあるか、ある程度正確に答えられる様子には驚いた。

 最初はおふくろが施していたメイクも、数日が経った今では自分の手でやるようになっている。

 玉磨かざれば光なし。

 しかし、みずから磨くことを知る玉は、眩しいほどに光っていた。


「あの、すみません」


 高校の制服を着た少年。

 たぶん俺たちより一つ上か、二つ上。

 ソイツが可奈かなに声をかけた。


「この花ってなんて花か、わかりますか」


 一枚の写真に写った、紫色の花。

 なかなか難しい質問だったかもしれない。

 近くにおふくろがいなかった。俺がそばに寄った。


「これは、アネモネですね」


 俺は花屋の息子だ。昔から花が身近なところにあった。

 物心ついた頃から、植物の図鑑をふけっていたんだ。

 だから、お店で取り扱うような植物はだいたいわかる。

 俺が答えてやると、その高校生はなぜか肩を落とした。


可奈かなに答えてほしかったのか? コイツ)

「この花が、どうかしたんです?」


 高校生の態度を疑ってた俺に気づかず、可奈かなが尋ねた。

 すると――。


「付き合ってた子が好きだった花なんです。今日一緒に、横浜のみなとみらいでデートする約束してたんだけど。いろいろあって、気持ちがすれ違っちゃって」


 かなり、ワケありのようだった。


「前に彼女が言ったんです。アネモネの花言葉のこと。こんな綺麗な花なのに、『はかない恋』『恋の苦しみ』『見放された』『見捨てられた』って、そんな悲しい言葉ばかりだって」

「その写真は?」

「彼女が僕宛てにくれた手紙に入っていました。何か意味があるんだろうと思って、お花屋さんで尋ねてみようと思ったんですけど」


 悲しい花言葉を突きつけられて、肩を落としていたわけか。

 そりゃあ、お気の毒に。


「そういえば、青葉あおばくん」

「ん、なんだい? 可奈かな

「花言葉って、花の色でも変わるんじゃなかった?」

「あー、そうだな。バラと同じで、アネモネも色違いで花言葉も違う意味になる」

「紫色のアネモネの花言葉は?」

「うーんと――たしか」


 ――あなたを信じて待つ。


「それよッ! それ!」


 興奮気味の可奈かなに、俺と高校生が二人揃ってギョッとした。


「彼女さんが伝えたかった花言葉、きっとそれじゃないかな。今日がデートの日だったんですよね? 彼氏さんを信じて待ってみて、ダメならあきらめよう――そんな気持ちで写真を忍ばせた気がします」


 高校生の顔つきが変わった。

 可奈かなが乱暴されそうになった日、俺はきっとコイツと同じ顔をしていた。


「ありがとう、店員さん! 約束の場所に行ってみるよ!」

「どういたしまして。いい結果になりますように」


 駆け出していった高校生の背中を見送った可奈かなは、清々しい顔をしていた。

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