第7話 魔女が美少女に「魔法」をかけた結果

「あー! 疲れたー!」


 午前中に三コマ、食事とお昼寝をはさみ、午後に三コマ。

 その後、スイーツを食べて糖分補給して、夕方に三コマ。

 試験前の生活を思い出すような、根をつめた一日だった。


「はい、一日目終了。お疲れ様でした」


 ご褒美のキスを頬っぺたにもらったが。

 俺には、そのまま唇を奪って押し倒す元気もない。


「はぁぁぁ……夏休みって気がしねぇ」

「よかったんじゃない? いきなり何もしなくなっちゃうと、戻すのが大変だし」

「今日一日でだいぶこなした気がする」

「そうね。私から見ても、青葉あおばくん、かなりいい進みだと思う」

可奈かなはどうなの?」

「私? もう、だいたい終わっちゃった」

「は、早すぎねぇ!?」

「ふっふーん! 昨日からがんばってるもん! 青葉あおばくんとデートするためにッ」


 なんというか、気持ちをど・ストレートにぶつけてくる。

 字見あざみ可奈子かなこという女は、コクってきたときからそうだった。


「あー、もー、かわいすぎだろぉ……」

青葉あおばくん、こっちきて」


 机に突っ伏して悶絶してる俺に、ソファに腰かけた可奈かなが手招きする。

 俺が何も考えず、隣に座る。可奈かなが自分の太ももをトントンと叩いた。


「したいんでしょ、膝枕」

「大天使カナエル様ぁ!」


 尊いおみ足に、俺はそっと頭を預けていく。

 洋梨を触るのとは違ったドキドキ感がする。

 それは可奈かなも同じだったようで。

 ふと真上を見上げると、山ふたつの先には、頬を赤くしたカノジョの顔。


「悪くねーな……こういうアングルも」

「恥ずかしすぎて無理なんですけどッ」


 結局、可奈かなの太ももに頬ずりしながら、耳かきをしてもらった。

 その後、シャワー浴びて、イチャイチャしようと思ったけれど。


「わりぃ。可奈かな、俺、もう……ダメ」


 俺の性欲は、疲労からくる強烈な眠気に屈服した。

 裸で抱き合って眠っただけで、せっかくの外泊が終わった。

 後日、宿題の進捗ともども、状況を聞いたおふくろに大笑いされた。


「あおちゃん、張り切りすぎちゃったのね~」


 まあ、でも。

 ぐっすりと眠った後の、とても気持ちいい目覚め。

 恥ずかしがるカノジョと一緒に朝風呂に入ったり。

 ボディーソープを塗ったくって、洗いっこしたり。

 早朝からのイチャイチャは、何もかも新鮮だった。

 それは、俺と可奈かなだけのナイショにしておきたい。


 ***


 それから二日後。夏休みの四日目。

 課題の三分の二を終わらせた俺と、課題をきれいに終わらせた可奈かな

 今日から二人で花屋のお手伝いだ。

 いつものように朝ごはんを済ませたときに、おふくろがこう尋ねた。


可奈かなちゃん、日焼け止め塗ってる?」

「はい、色白なのでいつも使ってますけど」


 可奈かなはスキンケアこそ念入りにやっているけど、あまり化粧をしていない。

 目立たないように、中学校生活を過ごしてきた。そのせいもあるんだろう。


「日焼け止めだけでこんなにかわいいなら、メイクしたらもっと化けるわよ」


 おふくろが鏡台のある自分の部屋に、可奈かなを連れていった。

 それから十五分後――。


「はーい、できあがり!」


 絶句。

 ぱっちりと開いた二重瞼ふたえまぶた。ほのかにあかく、ツルツルとした健康的な頬。

 おふくろの隣にいたのは、少し年上のむちゃくちゃ可愛いJKだった。


「これで軽く二歳くらいは逆サバいけるわね。どうみても女子高生よ」

「は、恥ずかしい……ッ」

可奈かなちゃん、もっと自信もって! 高校生バイトのフリしてもらうから」

「は、はいっ! 私、頑張りますッ」


 俺を魅了してしまうほど、綺麗な容姿。それ自体が、本来の可奈かなだと。

 カボチャの馬車も、ガラスの靴も、何ひとつ、本来の可奈かなには必要ないと。

 俺は今まで、そう思ってた。この瞬間、それが崩れ去った。


(魔女が、美少女に「魔法」をかけちまった……ッ)


 鬼に金棒。虎に翼。竜に翼を得たる如し。

 それらの表現が適切か、わかんねーけど。

 他に気の利いた表現が、一切浮かばない。


(この可奈かなは変身をするたびにパワーがはるかに増す……)


 コイツ、いったい――あと何回、変身を残しているんだ!?

 ようやく俺は、とんでもないカノジョと付き合っていることに気づいた。

 でも、それはまだ――これから起こる出来事のはじまりに過ぎなかった。

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