第26話 空に咲く大輪の花(1)

「じゃ、次は可奈かなのばんだよ」

「……うん。実はね」


 何を言われるんだろう。待っていると。


「来週、両親が一時帰国します。ビザが下りたみたい」

「よかったじゃん! おめでとう!」

「……うん。ありがとう……嬉しい」


 肩が震えてる。

 椅子を立って、可奈かなの傍らに寄り添ってやる。

 ハンカチを取って、こぼれた涙を拭いてやる。


「嬉しいんだけど、この先……うちに青葉あおばくんを、泊められなくなっちゃう」

「……まさか、今朝。怒ってたのって」

「ごめんなさい。私が言い出せなかったのに、勝手に気分悪くして」


 すごく貴重なチャンスを、そうと知らず棒にふった。

 それがわかった。


「あー、クソッ! タイムマシンがあったら、自分のケツを蹴ッ飛ばしたいぜッ」

「それこそ、ピロートークって雰囲気じゃなくなっちゃうんじゃない? ぜったい、痛そうだし……」

「それもそうだな。ケツバットで勘弁してやる」

「なんでそんな発想になるの……?」


 ともかく。

 今朝の可奈かなの態度。その理由がわかった。

 あとはフォローしていくだけだ。


「あさっての土曜日。花火大会があるんだけど。一緒に観に行きたい」

「うん、いいよ。浴衣着て、観に行くね」


 ひとまず、仲直りはできた。

 今度こそ、可奈かなと最後までいい雰囲気でいられたら。


 そう思ったのに――。


 ***


 元号が平成から、令和になって四年目。

 パンデミックが起こるわ。気候変動が起こるわ。

 可奈と約束したその日の晩、台風が発生するわ。

 楽しみだった花火大会が、それで中止になるわ。


「もう、ホント。勘弁してくれよ、令和ちゃん」


 盆の台風、マジ迷惑。

 せっかくの盆休みなのに、なんで台風来るんだよ。

 そんな怨嗟の声で、Twitterは満ちていた。

 スマホを放り投げて、ベッドに突っ伏す。


「あー、終わった……俺のプランが、終わった」


 台風の予想進路は関東直撃。

 昨晩から止むことのない、激しい雨が叩きつける。

 土曜日の今朝、可奈かながウチに来ることはなかった。

 一緒に朝飯を食べる。毎日続けた習慣が途絶えた。


(台風は今晩がヤマか。晴れるのかな、明日は)


 明日、台風一過で気持ちよく晴れた。としても――。

 この心のもやもやは、雲ひとつなく晴れ渡ってくれるのか。

 俺には、わからなかった。


 ***


 明くる日曜日。

 台風は夜のうちに過ぎ去っていた。

 商店街の通りには、飛ばされてきたゴミがところどころに。

 おふくろや近所のみんなと一緒に、朝からゴミ拾いをした。

 それを終えたところで、LINEの通知音が鳴る。


『おはようございます。今日、お店開きますか?』


 日曜日は、可奈かながお店の手伝いに来る予定だった。

 予定通りお店を開ける。そう、おふくろが返事を書いたら。


「おはよう、青葉あおばくん。すごい雨風だったね、きのう」


 可奈かなが朝ご飯を食べに来た。


「おはよ。家、大丈夫か?」

「うん、シャッター閉めてたから。窓も割れてない」

「すげーな。窓シャッター付きなんだ」

「青葉くんのおうちは大丈夫?」

「ああ。めったに雨戸使わないけど、うちも閉めてたから」


 一緒に朝ご飯を食べる。

 なぜか、おふくろが俺の様子を気にかけていた。


「どうしたの、あおちゃん。なんか元気ないけど」

「んー。なんでもない」

「ちゃんと料理の味、する?」

「味覚障害じゃないからッ。おいしく食べてるよ」


 コロナにかかると、味覚や嗅覚が変わるらしい。

 おふくろのおいしいご飯の味がしなくなるとか、ぞっとする。


「……可奈かなとさ、一緒に花火観る約束してた。でも、ダメになった」

「それで、昨日から元気なかったのね。ちょっと意外だわ」

「ん?」

「あおちゃんがそんな顔したこと。あんまりなかったから」


 おふくろが笑顔をみせる。


「今日はあおちゃんにも、店先に出てもらおうかしら。お外の空気を吸ったら、気がまぎれるかもしれないから」


 いつも、バックヤードにいることが多かった俺が。

 今日は、可奈かなとふたりで店先に立つ。

 そう、おふくろが決めた。

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