第25話 メロンパン嫌いな人っているのかな

 お墓参りが終わった。

 親父の車に揺られて、俺は考えてた。

 従兄アニキとのやり取りを反芻はんすうする。その中に。


前戯ぜんぎって言葉くらいは、おめーも知ってるだろ。さすがに』

『うん』


 そりゃ、一所懸命調べてたからな。

 どうすれば、可奈かなに苦痛を与えずにすむか。

 そればかり、必死に考えてたから。


『なんで、「前」ってつくんだろって。思わなかったか』

『そりゃ、ヤる前だから。じゃねーの?』

『わりい。おめーがバカだって忘れてた』


 結局、もう一本。

 火をつけたタバコを従兄アニキがふかす。


『前があんなら、後はねーのか。そういう発想はなかったのかって話だ』

『……あンの?』

『もちろんある。むしろ、女にとっちゃ、そっちのほうが大事らしいぜ』

『……俺、朝目覚めたら、筋トレしてた』

 

 従兄アニキが腹を抱え、吹き出した。


『キミは実にバカだなあ。耳のないネコ型ロボットにも、そう言われそうだ』

『バカ、バカって何度もいうなよ』

『せっかくの朝チュンが台無しになっちまったんだ。そりゃ、彼女ちゃんがカワイソすぎて俺だって同情する』

『……どうにかならねぇ?』

『てめーでどうにかしろ。そのおつむはただのウェイトか?』


 そう言われてから、ずーっと考えてた。

 後戯こうぎってググろうとスマホをながめる。

 車酔いしそうになって、やめた。


 結局。

 帰りに某サービスエリアの有名なパン屋に寄って。

 おいしい、と好評のメロンパンをお土産に買った。


親父おやじ、寄ってほしいところがあるんだけど」


 最寄りのインターを降りて、地元に戻る最中に。

 俺はそう切り出した。おふくろが訊ねた。


字見あざみさんのお宅ね」

「うん。おみやげ持ってく」

「ご在宅だったら寄っていけば? 歩いて帰ってこれるでしょ」


 おふくろがナビに住所を入力し、親父のセダンが可奈の家の前に止まる。

 紙袋を手に、俺は車を降りた。


「……よし!」


 門外の呼び鈴を押す。

 キーンコーン♪ どこか品を感じる音色がした後に。

 ブツっと無機質な異音がした。


『――青葉あおばくん!?』

「お墓参り終わって帰りにさ。海老名のサービスエリアで、メロンパン買ってきた。一緒に食べたいと思って」

『――いいよ。中に上がって』


 うちに上げてもらえるらしい。

 おふくろに右手でOKサインを送ったら、車が去っていく。

 さあ。俺はリングに立った。カノジョとの仲直りに向けて。


 ***


「紅茶とコーヒーがあるけど、どっちにする?」

可奈かなはどっち派?」

「私は紅茶派かしら」

「じゃ、可奈かなさんのおいしい紅茶をごちそうになりたいです」


 まずは、相手に合わせる。

 ティファールの電気ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れる可奈かな

 たちまちぐつぐつと水が騒ぐなか、紙袋を開く。


「はい。『箱根スペシャルメロンパン』。おいしそうでしょ」

「これ、あそこでしか買えないパンでしょう!?」

「うん。だから、買ってきたら喜ぶと思ってた」

「嬉しいッ。お皿出すから。ちょっと待ってて」


 つかみはOKっぽい。

 ふたつのお皿に、ひとつずつメロンパンが乗る。


 〽O Flower of Scotland, When will we see your like again~♪


 英語の歌を口ずさみながら、沸騰したお湯をティーポットに注ぐ。

 すこぶる機嫌がいいみたい。


「それ、『スコットランドの花』だよな」

「あ。わかった?」

「うん。ラグビーワールドカップで、スコットランド代表が歌ってたから」

「これね。グランマが好きな歌だったの。よく歌ってくれたのを思い出す」


 慣れた手つきで、ティーポットからふたつのティーカップに茶を淹れる。


「私はミルク入れるけど、青葉くんは?」

「最初だし。俺はストレートで、味わってみる」


 テーブルをはさみ、斜めに向かいあって、物理的距離をとる。

 日ごろ会わない親戚と会ったから。念のための、感染対策だ。


「「いただきます」」


 マスクを外して、メロンパンをちぎる。

 外は緑色なのに、中は夕張メロンと同じ色をしている。


「ホントにメロンなんだ……」

「実際うまいよ」

「え? もしかして、二個目」


 ジト目で渋い顔をしてきた。


可奈かなと一緒に食いたかったから。ほら、食べなよ」

「じゃ、ひと口」


 指でつまんで切り離したひとかけらを食む。


「おーいしぃぃぃっ!」

「あー、よかった。メロンパン嫌いなのって言われたら、どうしようかって」

「大好き! メロンパン嫌いな人っているのかな。人生棒にふってると思う」


 そこまで言うか。と思ったけど。

 思いのほか、可奈かなの好みに合ったみたい。

 心のウェイトが少し軽くなった。


「……あのさ」「……あのね」


 同時に言葉を切り出したふたり。


可奈かなから先でいいよ」

「ううん、青葉あおばくんが先で」

「じゃんけんで決めるか。最初はグー、じゃんけんぽんッ!」


 あいこだった。


「あいこでしょ、しょっ、しょっ! 勝ったー!」


 別に大したことないのに、派手に喜んでみせてから。


可奈かなの気持ちを考えないで、勝手に筋トレやってごめんなさい」


 真顔になって謝った。単頭直入に。


「やっぱり、気にしてたんだ」

「そりゃする。昨日、あんなに好きって言ってくれたのに。態度変わっちまったら」

「私もね、大人おとなげなかったって反省してます。ごめんなさい」


 可奈かな分別ふんべつがある優等生だった。

 それが、なぜか。何かを言い出せずにいるように、思えちゃうくらい。

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