第24話 お墓参り

 朝飯を食いに帰ってきた息子と、その彼女。

 食卓で言葉をかわすことなく、黙々と朝ご飯を食べるふたり。


「あなたたち、ケンカした?」

「「別に、してませんッ」」


 ふたりを交互に見ていたおふくろから、鋭い問いかけが突き刺さった。


(……まぁ、でも……なんかつれないんだよな)


 今朝からずっとこんな調子だ。

 手も握らせてくれない。

 何が気にさわったのか?


「ごちそうさまでした」

「はーい。おそまつさまでしたっ」


 感情を殺した可奈かなと、そんなカノジョがわからないでいる俺を。

 おふくろはニコニコ笑みを浮かべ、見ていた。


「長い人生でみれば。好きあうこともあれば、言いあうこともあるもんだから」

「「……」」

「好きになった相手でも、たまには、顔を合わせたくないこともある。今日はそんな日かもしれないわね」


 ぱん、とおふくろが手を叩く。


「さて。今日はお墓参りに行くから、あおちゃんの身柄は私が預かります。なので、可奈かなちゃんはひとりで、おうちに帰ってもらえるかしら」

「え……?」


 一瞬、言葉につまる可奈かな


「……はい。わかりました」

「ごめんなさいね。うちのお店、木曜日が定休日だから。今日しか、家族でお墓参りに行けないのよ」


 両手を合わせて、「ごめんね」のポーズを決めるおふくろ。

 今日は八月十一日(木)、いわゆる「山の日」という祝日である。


「いえ、大丈夫です。私のことは、ご心配いりませんから」

「でも、何かあったら警察にすぐ電話! その後、私にも電話ちょうだいね」


 おふくろは軽くウィンクをして、可奈かなを俺と見送った。

 息苦しさから解放された俺の肩を、ぽんとおふくろが叩く。


「少し距離を置けば、お互い冷静になれるんじゃないかしら」

「……」

「どうして可奈かなちゃんが、あんな態度を取るのかしら。今のあおちゃんには、わからない。お母さんにはそう見えるんだけど、ぶっちゃけどう?」

「……うん。まったく」


 素直に認めた俺の頭を、おふくろが撫でてくれた。


「でもね。わからなくて当然だと思うよ。お母さんは。だって、生まれも育ちも違うふたりが恋人になるんだもん」

「おふくろは、親父とケンカした?」

「したした! なんでうっさいバイク乗ってんの? とか」

「親父は何って言った?」

「自己アピールだ! 単車はうるさくしてなんぼだ! って言われた」


 まるで従兄アニキとおんなじこと言ってるな。

 血は争えねぇってヤツか。


「でもね、あおちゃんが私のおなかにいるってわかったら。手離しちゃったのよね。あの派手なバイク。特攻服だっけ? あれもぜんぶ、処分したそうよ」

「そうだったんだ」


 だから、俺が全然知らなかったわけだ。

 俺が知ってる親父は、お客さんとしょっちゅうゴルフに行ってる。

 ごくありふれたサラリーマン。でしかなかったんだけど。


「お父さんからLINEね。車もってきたって」


 ということで、俺は両親と一緒に墓参りに向かった。

 車に揺られながら、俺はずっと考えてた。


可奈かなは――なんであんな態度を)


 昨夜ゆうべ

 あんなに、キスをして。

 あんなに、名前を呼び合って。

 あんなに、好き。好き。大好きって。


(それがどうして。あんなになっちまうんだよ)


 女って生きものが、俺にはさっぱりわからねぇ。

 よくないおつむでいくら考えても、さっぱりだ。


 ***


「ヨッ! しあわせいっぱいの色男ッ」

「……」

「どうしたよ? カノジョとケンカでもしたか?」

「おふくろとおんなじこと聞くんだな。アニキも」

「そりゃ、人生の先輩だし。おめーよりもたくさん修羅場くぐってるし」


 親戚の墓参りだ。

 当然、従兄アニキと顔を合わすと思ってた。


「ケンカしたつもりねぇんだけど。どうも、機嫌悪くしたみたいで」

「それで?」


 おふくろに言えないことを、十個年上の従兄アニキにぶちまけた。

 昨日から今朝にいたるまで、何があったのかを。赤裸々に。


「おめー、バカだな」

「アニキにまでそう言われたくねぇな」

「おぉ、言うねぇ。ま、良くも悪くも。おめーはバカだ」


 タバコをくわえて、ふぅと煙をはく従兄アニキ


「男が女とヤったあと、賢者タイムになるわけしってるか?」

「しらねえ」

交尾こうびの最中が一番無防備だから。それが終わったら、メスを守るためにオスが警戒モードに切り替わるんだと。わらっちまうよな。ここはサバンナじゃねぇのによ」


 フィルターぎりぎりまで粘ったタバコを。

 灰皿にこすりつけて、従兄アニキは中にしまった。


「逆に女はヤったあと、時間をかけて精神的に満足するんだと。たとえヤッてる最中がよくても、ヤった後の扱いが悪かったら。要するに、印象が悪くなる」

「……ッ」

「神様がいるのか知らねーが。なんでそんなデザインしたんだろな」


 もう一本、タバコを取りだし。

 Zippoのふたを開けようとして、やめた。


「……吸いすぎだって。アイツに叱られたばっかだった」

「すっかり尻にしかれてるね。嫁さんに」

「おめーもじきにそうなる。覚悟しとけ」


 ま、すでにその片鱗へんりんはあるんだけどな。


「もともと、オスとメスには相容あいいれないところがあんだよ。それ、知っとくだけでも自分がどうすりゃいいか。ふりかえるきっかけになるだろ。がんばれよ」

「サンクス」


 なんでも話せる従兄アニキは、やっぱり心強かった。

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