第14話 はじめての痛み

青葉あおばくん」

「なんだい」

「なんか、つらそうな顔してる」


 ひとつになったままで、カノジョに気遣われる。

 いつの間にか、俺のほうがこわばっていたんだ。


「ごめん。かっこわりいよな」


 理由は、わかっていた。


「自分が痛い思いをするのは慣れてる。だけど、ダメなんだ。自分のせいで、大切な誰かを泣かせるのは。今も、ぜんぜんダメなんだってわかった」


 男だから、カノジョとヤりたい気持ちはあった。

 でも、破瓜はじめての痛みを強いるかもしれない――と。

 トラウマから逃げてる自分が、もうひとりいた。


「二年前、俺もいじめにってた。可奈かなとおんなじように」

「あんなに強いのに?」

「強いからこそさ。迂闊うかつに暴力を振るっちゃいけないんだ」


 さむらいかたなを常に磨いて、さやの中におさめておく。

 抜かない。抜かないところにさむらいの価値がある――。


 大山館長がのこした言葉。

 通ってた道場の師範が、墨痕鮮やかに書いていた。

 それをかたくなに守っていた、俺がぶちぎれた時。


「おふくろの作ってくれた弁当箱を、床に落としたヤツがいたんだ」

「お母さんのお弁当を? なにそれ、ひどすぎる」

「気がついた時、俺は――ソイツをアッパーで吹っ飛ばしてた。クラスの空気が一変したよな。今まで俺に嫌がらせしてた連中が、思いっきり青ざめてるんだぜ。もう、おかしくてしょうがなくてさ――でもな」


 その後、職員室に呼び出されたおふくろが、涙を流して謝っていた。

 俺は結果的に、おふくろを苦しい立場に立たせてしまった。

 空手道場の看板にも泥を塗った。その思いから、道場通いもやめた。


「あれからだな。自分のせいで、誰かにつらい思いをさせるのが、ダメになった」

「……」

可奈かなが悪いとかじゃない。これは、俺のメンタルの問題だから」


 カラダを離そうとして、阻まれる。


「逃げないで、青葉あおばくん」


 異物が入ってきて、苦しいはずだ。

 芯の通った顔つきをして、言った。


「私の初めてが終わるまで。ちゃんとしてくれないと。一生うらむから」

「……」

「私をちゃんと導いてよ。青葉あおばくん」

「うん……そうだよな。ありがとう」


 何のために強くなるか?

 それは自分に打ち勝つためであり。

 義を通すためであり。人を導くためである。


 自分に打ち勝って、可奈かなを導いていくために。

 俺はもっと、もっと強くなる必要があるんだ。


 カノジョが心地よさを感じるところを探して。

 数え切れないほど、カラダにキスマークをつけて。

 行為が終わるまでの緊張。興奮。いろんな感情がまじりあい。

 すべてが終わった時は、俺も、可奈かなも、汗だくになっていた。

 

 ***


 晴れて童貞を「卒業」したわけだが。

 とても、浮かれた気分じゃなかった。

 青葉おれ可奈子かなこは、もう元には戻れないルビコンをわたった

 今度こそ、おふくろに迷惑かけるわけにいかないんだ。


「……ただいま」

「おはようございます」


 少し重たい俺の声と、どこか上ずった可奈かなの声。

 朝ごはんを食べに来たふたりを。

 いつもどおり、おふくろは朝飯を作って待っていた。


「じゃーん! 今日はお赤飯を炊きました」

「「……!?」」


 まさか、見透かされてた――ッ?


「初デート、どうだった? 楽しかった?」

「う……うん」


 おふくろには、外泊の許可を取っていた。

 ビーチで変なヤツに絡まれてから、可奈かなの様子がどこか変なんだと。

 どんなことがあったのか、可奈かなにも直接事情を聞いて、おふくろは許可を出した。


『くれぐれも間違いのないように、ね』


 昨晩ゆうべそう言ったおふくろは、ニコニコして俺たちふたりを観察している。


「そういえばあったわぁ。私も高校生のとき、恐い人たちに囲まれたこと」

「え? お母さんも」


 今では、可奈かなも「お母さん」と呼ぶ。

 母親代わりみたいなものだから、気兼ねなく呼んで。

 そう、おふくろが言ったからだ。


「そしたらね、お父さんが改造単車で駆け付けて。ゴッドファーザーだったかしら? 変な音楽鳴らしてたよね。すっごい金色の文字が刺繡で入った制服着てて。もうね、みんなドン引きしちゃって、恐いどころか面白くなっちゃった」

「なんて、書いてあったんです?」

「たしか。天上天下てんじょうてんげ唯我独尊ゆいがどくそん? 横浜なんとかって書いてあったわね」


 思いっきり暴走族のノリじゃねーか!?


青葉あおばくんのお父さん……なんのお仕事してるの?」

「銀行員だけど。一応」

「……そ、そうなんだ」


 メガバンクじゃないけど、大手地方銀行の銀行員バンカー――らしい。

 今日は日曜だけど、ご贔屓ひいきのお得意様とくいさまとゴルフなんだそうだ。


「ヤのつく自由業とかじゃないから、安心してね」

「わ、わらえねぇ……」


 おふくろがゲラゲラと笑ってた。

 あんたの亭主、ホント何者だよ!

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