第3話 俺たちの「受験戦争」はこれからだ!

「ごめんなさい……また、泣いちゃって」

「いいのいいの! お母さんだと思ってちょうだい」


 性的暴行未遂の一件から、可奈かなとおふくろの間柄が変わった。

 おふくろは事件後、アメリカにいる可奈かなの親に連絡を試みた。

 そして、可奈かな自身の口からは説明できなかった事実を伝えた。

 可奈かなの両親は衝撃を受けた。すぐに来日したい、と希望した。


 だが、折からのパンデミックが変異株の出現で激化した七月。

 東京をはじめ、首都圏の新規感染者数は連日過去最多を更新。

 在米合衆国日本大使館で、ビザを取得するにも時間がかかる。

 そこで、おふくろが可奈かなの面倒を見たい、と申し出たそうだ。


「毎朝、うちに朝ごはんを食べにいらっしゃい。顔を見せてちょうだい。ご両親には定期的にご連絡を取っているから」

「何から何まで……ありがとうございます」

「お礼をいうのは私のほう。うちの子あおちゃんの成績が劇的に変わったんだもの。高校進学は無理かも、ってあきらめてたくらいなんだから」

「え? 俺、おふくろに高校行きたいって言ったっけ?」


 何気ない発言に、二人の女性の表情がそろって険しくなる。


「……青葉あおばくん、高校行かないつもりだったの?」

「……あおちゃん、それでいいの?」


 なんとなく、「イエス」と即答したらマズそうな雰囲気。

 俺は、慎重に言葉を選んだ。


「なんつーか。学校ガッコって場所が、俺を必要としてない。俺みたいな問題児、さっさといなくなればいい。そう思われてるって感じてたから。正直、高校に行くって発想がなかった」


 二人とも黙り込む。根が深いとわかってるんだろう。


青葉あおばくんが思ってたこと。少しわかる気がする。私は先生たちからは優等生だって思われてたけど、学校のなかに居場所が無かったから」

可奈かなちゃん……」

「あ、今は平気です。青葉あおばくんが守ってくれる。玉衣たまえさんに見守ってもらってる。私ひとりじゃない……だから、高校進学も前向きに考えてます」

「ですってよ、あおちゃん」


 むずがゆい気持ち。

 たしかに、可奈かなと同じ高校に進学すれば、「恋人つなぎ」できる時間が延びる。

 何の価値も感じなかった学校ガッコが、可奈かなといるだけで、光溢れる世界セカイに変わった。

 何もしなければ、それが残り半年で終わってしまう。


「高校かぁ……」

「働くことを考えたら、中卒よりも高卒の方がずっといい。大卒の方がもっといい。お母さんはそう思ってる。少なくとも、公務員採用には高卒が必須だから」


 ただし、高卒認定試験という方法もある。

 万が一高卒が必要でも、無理に学校に行く必要はない。

 そう、おふくろは付け加えた。

 その場合、可奈かなとは大きくかけ離れた人生になるとも。


可奈かな。正直な話、今から間に合うと思うか?」

「間に合うかじゃなくて、間に合わせるのッ!」


 つ、つおい……。

 コイツ、めちゃくちゃ芯が強い。

 いじめられっ子だったとは思えない、メンタルの強さ。


「じゃ、夏休みの予定もきちんと組まないといけないわねぇ」


 ニヤリとおふくろが、何枚もの書類をさっと出してきた。


「こんなこともあろうかと、駅前の学習塾、夏期講習のチラシ集めておいたから」

「まじかよ……お、俺の、夏休みが……」

「いいの? あおちゃん。中学校を卒業して、可奈かなちゃんと離れ離れになっても」


 じーっと二人の女性の視線が突き刺さる。

 おふくろ。あんた、策士だな。

 可奈かなを利用して、俺を高校進学させようとしてたんだ。


「私は、着たいなぁ。青葉あおばくんと同じ学校の制服」


 可奈かなも、上目遣いでちらり。

 あざとい。いや……あざとかわいい。

 今さら、可奈かながいない毎日なんて考えられない。


「わーった! 俺もッ、高校に! 進学するッ!!!」


 あの至高の洋梨をもつ大天使様を溺愛し続けるため――。

 俺は、「史上最大の作戦」に踏み切ると決めた。

 半年にわたる、長い試練たたかい。その火ぶたが切られた瞬間だった。

 マンガ的に言えば、そう。アレだ。


 俺たちの「受験戦争たたかい」はこれからだ!

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