第2話 何年ぶりかの「おいしい」朝ごはん

 夏休み初日の朝をカノジョの家で迎える。

 朝チュンというヤツだ。

 昨日まで、まったく予想していなかった展開。

 外が明るくなって、カーテンの隙間から日が差し込む中。

 俺たちは、スマホの通知で目が覚めた。


「――ん?」

「……おはよ、青葉あおばくん」


 俺のすぐ真横、素顔のお姫様の顔があった。

 結局、最後までセックスはせずに、じゃれ合ったふたり。

 疲れて寝落ちして、興奮が収まったあと、こんな近くに顔がある。


「おはよう、可奈かな


 どちらからともなく、小鳥が軽く啄むようなキス。


「ちょっと失礼」


 スマホに手を伸ばす。

 通知欄にあるアカウント名――藤岡ふじおか玉衣たまえ


「どうしたの?」

「おふくろからLINE」

「お母さん、早起きなんだ」

「花屋だしな。仕入れとかあるし、朝は早いんだ」

「なんて書いてあった?」

可奈かなちゃんつれて、朝ごはん食べにおいでって」


 驚きに口とともに開かれた、可奈かなの両目。

 真っ青な瞳が、湧き上がる清水で揺れる。

 額をこっつんと当てて、微笑み合うなか。

 さらに通知がもうひとつ。


『外泊は良いって言ったけど、ちゃんと避妊した?』

「「――まだ、ヤってないからッ!!! お母さんっ」」


 イチャイチャ気分が吹き飛んでしまった。

 われに返ると、お互いの分泌した体液がベトベトして、気持ち悪い。


青葉あおばくん――シャワー、浴びよっか」

「一緒に?」

「欲情しない?」

「絶対する」

「じゃあダメ。お母さんに合わす顔が無くなっちゃう」

「だよなー。じゃ、お先に行っておいで」


 可奈かなを浴室に送り出した後。

 昨夜からずっと蛇の生殺し状態だった肉欲を、トイレに流しつつ。

 俺は、固く誓った。


(次からは、絶対に避妊具コンドーム用意しとくッ!)


 可奈かなと入れ替わりに、シャワーを浴びようとした俺。

 替えの下着もないし、昨日脱いだままの下着をはくと思ってたら。


「あ。洗濯してくれてるのか」


 ドラム式洗濯乾燥機という文明の利器が稼働している。

 可奈かながシャワーを浴びる前、洗濯機にかけたんだろう。

 残り時間は三十分もない。


「頭もいいし、家事もそつがないし、すげー逸材だな」


 可奈かなの家で、モノが散らかっているところを見かけない。

 怪しいモノがそこらじゅうにある、俺の部屋とは大違い。

 ひとり暮らしでも、きちんとモノが整理整頓されていた。


 ***


 シャワーを終えて、乾ききった下着とワイシャツを着た俺。

 もう私服に着替えてた可奈かなと一緒に、カノジョの家を出た。

 駅に向かうサラリーマンを見かける中、恋人つなぎをする。

 片方が制服で、片方が私服なのを気にする奴がいたりして。

 そんな心配が杞憂に終わるほど、大人たちは無関心だった。


「ただいまー」


 店舗兼自宅の二階にある玄関。

 鍵を開け、家に入ると、エプロンをかけたおふくろの返事。


「あおちゃん、おかえりー。可奈かなちゃん、いらっしゃーい!」

「お……おはようございます。こんな早く、お邪魔しても?」

「いいのいいの! 卵焼き焼いちゃうから、早く手洗ってー」


 心なしか、おふくろのテンションが高い。

 親父とひとり息子、家族の中に同姓がいないせいだろう。

 可奈かなと会うときは、なんとなく、気分が高揚するっぽい。

 洗面所で薬用ハンドソープを使い、念入りに手を洗った。


「はい、朝ごはんできたから、どうぞ食べていってね」

「あ、ありがとうございます……」


 可奈かながうちに上がるのは初めてだ。

 少し緊張しているのかもしれない。


「じゃ、いただきまーす!」

「……いただきます」


 あえてノリノリで卵焼きに手を付ける俺と、遠慮がちに箸をもつ可奈かな

 卵焼きを上品に箸先で切って、口に運ぶ美少女の表情が花開く。


「すごく、おいしい……」

「お弁当で食べるのとは、また違った感じだよな」


 おふくろは料理が上手だ。

 でも、お店の仕事があるから、料理は朝のうちに全部やってしまう。

 昼はお弁当だし、夜はお惣菜という食生活がウチの日常だ。

 必然的に、朝メシがいちばん「おふくろの味」を感じる機会になる。

 白いご飯とあさりのお味噌汁。卵焼きと炒めもの。お好みで納豆も。

 シンプルであるがゆえに、作る人間の技量が試される献立といえた。


「ごちそうさまでした」


 箸をおいた可奈かながひと言。


「何年ぶりだろ……こんな、おいしい朝ごはん……食べたの」


 いつの間にか、鼻をすすらせて、可奈かなが泣いていた。

 エプロンを外してたおふくろが、あやすように可奈かなの肩を抱いていた。

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