ヤンキーガールは純情系

秋雨千尋

ヤンキーガール・ミーツ・先輩

 あたいは元ヤンキー。

 毎晩、無免許でバイクを爆走させていた。

 喧嘩はしても弱い者いじめはしない。ガキの頃にクソ親父に殴られてイヤだったから。

 カツアゲしてるヤツを見つけたらすぐシメて、財布を持ち主に返してきた。クソババアにバイト代抜かれんのイヤだったから。


 あたいの美学は、自分がされてイヤな事はしないだ!


 そんなある日、いつもみたいに風になっていたら、どこかのバアさんが手押し車で飛び出してきた!

 危ねえ!

 あたいは必死に避けて、思いっきり転倒した。

 死ぬほど痛え、もう無理だなこれ。

 走馬灯が見えかけたその時!


「病院はすぐそこです。俺が運びます」


 そう言って、あたいを持ち上げた男がいた。

 生まれて初めてのお姫様だっこ。

 うわあ……キレイなツラ……メガネ似合ってる……。

 全身の痛みが吹き飛んだ気がした。


 ソイツは同じ中学の二個上の先輩だった。

 入院しても誰も来ねー病室に毎日のように顔を出しては、花を飾ったり、リンゴを剥いてくれたりした。


「親御さんは忙しいと聞いたけど、友達はいつ来ているのかな」


「あはは、バアさん避けて事故るようなダセー奴は友達じゃねーってさ、ひでーよなー」


 うさぎの耳部分を作っていたシャリシャリした音が止まった。

 気になって見てみると、見た事のない表情を浮かべている。えっ、なに。怒ってる?


「きみの友達は、人を傷つける事がかっこいいと思っているのかな」


 真剣な目に、心臓が止まるかと思った。

 やべー視線だけで殺される。

 イケメンが怒ると迫力がすごい。


「うちのおばあちゃんが助かったのは、君のおかげだ。心から感謝している。人を救うのは、何よりもかっこいい事だ」


 まっすぐ目を見て話してくれて、嬉しかった。

 この人を失望させない生き方をしようと思った。


 先輩とは中学卒業後に会えなくなったけど、高校三年間ずっと忘れられなかった。

 同じ大学に行くために死ぬ気で勉強した。


 ──そして今、先輩が住んでいる街に来ている。

 同じ大学!

 とはいかなかったけど。

 自分の進路について真面目に考えた結果、色んなジイさんバアさんの世話をしようと思った。

 か弱いから守ってやんなきゃだし。

 家族に見捨てられて傷ついてる人もいるだろう。グレないよう構ってやらねーと。

 これから、この街で、介護士になるための勉強をしていくんだ。


 引越し初日はハードだ。

 3月末とはいえ荷物の整理を休まずやっていたから、もう汗だく。休憩タイムにスマホが鳴った。


「久しぶり。君がこっちに来たって聞いて」


 ボーッとして出たら先輩だああ!

 これは大チャンス! 何が何でもデートに誘う!


「はい。介護士になりたくて。あの、この街の事まだよく知らなくて。良かったら案内して頂けませんか!」


「いいよ。じゃあ明日12時に駅で会おう。美味しいお店、紹介するね」


 やったあああ!

 このために頑張ってきたんだ!

 明日のデートは絶対に成功させなきゃ!

 服はどうする!?

 やっぱり可愛い系かな。後輩のポジションを活用して。いやキレイ系かな。持ってないわ。

 あーどうしよう……。


 目に入ったのは、中学で封印した黒い特攻服。


 やべー昔に戻ってしまう。

 こんなの着てったら先輩なんて言うか!


 ──自分がされてイヤな事はしない。あたいは先輩がこれ着てくれたら嬉しい。だから着る!──


 そうなれば髪型も気合い入れ直して。

 そうだ武器なんかも……。

 荷解き疲れとコーディネートに明け暮れて寝落ちしてしまった。


 わああああ!

 もうこんな時間かよ。あと30分しかない。間に合え! まずシャワー浴びて、ヨシ次は──。

 マジかよ下着が無え!

 クッソどうする。今から未開封の段ボールを開けて探す時間は無い。汗だくの下着なんか着ていけるか!


 ブラジャーはサラシでいい!

 問題はパンツだ。何かないか代用できるモノ……。

 あたいの目に飛び込んだのは、実習で使う介護用のオムツだった。

 もうこれでいいか!



 待ち合わせ場所にいた先輩は、ますます格好良くなっていた。

 あたいはテンション爆上げで駆けつける。


「ええ!? どうしたのその格好」


「これはあたいの勝負服。恥ずかしながら先輩に、背中で語らせてもらうぜ!」


「怖いな。けど分かった。見せて」


 釘バットを肩に載せて振り返る。

 黒い特攻服の背中には、中学時代に縫った言葉が記されていた。


愛羅武勇アイラブユー


 恥ずかしくて振り返れないから、そのまま話す。

 姫抱っこで助けて貰った日からずっと好きであること。先輩の言う通り『人を救うかっこいい仕事』だから介護職を選んだこと。


「先輩、あたいの想いを受け止めてくれえ!」


 緊張しすぎて漏らしそう。

 そうだ漏らしてもいいんだ。なにせオムツはいてんだからな!


「……こっちを向いてくれる?」


 先輩の声は静かだ。めちゃくちゃ怖い。

 ヤバイ引かれたかな……。

 おそるおそる振り返ってみたら、先輩が手帳をこちらにむけていた。近づいて文字を読んで、釘バットを放り投げた。

 真っ赤になっている先輩に、力の限り抱きついた。

 こう書かれていたからだ。


夜露死苦よろしく



 終わり。

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