再会を約束してしばしお別れ

「ホタル様、本当にありがとう」


 潤んだままの目で私の両手をひっしと握り締めてお礼を言うツァイ様。今までの素っ気ない態度はどこへいった? って気もするけど、まぁ、よかった。よかった。


「ホタルさん、本当にご迷惑をお掛けしました。ほら、ツァイも謝る」

「ごめんなさいですわ」

 

 タンザに言われて素直に頭を下げるツァイ様。なんだかんだ言って素直な子なのよね。多少世間知らずだったり、思い込みが激しいところはあるけど。そこはきっとこれからもタンザが上手くフォローしていくことだろう。


 さて、ペリドットの誤解も解けたことだし、私は晴れてお屋敷から解放。最初に見て驚いた豪華なシャンデリアがちょっと懐かしい。


「いえいえ。誤解が解けて何よりです。それよりこちらのペリドットですが、よければどんなアクセサリーにするかも含めて私に任せていただけませんか?」


 タンザから預かったままだったペリドットを差し出してツァイ様に提案する。二個できたしサイズ的にも問題ないから、もちろんカフスリンクスでもいいんだけどさ。ツァイ様とコーディ様のやり取りを聞いていたら、ちょっと造ってみたいものができたんだ。


「えぇ、もちろん構いませんわ」

 

 私の提案にツァイ様が二つ返事で了承してくれる。


「ありがとうございます。では二週間後。改めてお届けにあがります」

「あっ、ホタルさん、それなんですが一ヶ月後にしてもらうことってできますか?」

「もちろん。私は構わないけど」


 納期が遅くなる分にはこちらとしては何も問題ない。でも、なんで? 不思議そうな顔をした私にタンザが言葉を続ける。


「一ヶ月後ならコーディ様もお戻りのはずです。今回の件、コーディ様からもお詫びさせてください」

「いや、そんな。とんでもない」


 無事に解決したし、滞在だって結局は数日で済んだ。次期領主様から直々にお詫びなんて滅相もない。


「いけませんわ! そうです。今回の件、次期領主としてコーディ様にもぜひお詫びしてもらわなければ」


 慌てて断ろうとする私にツァイ様がそう言い、タンザも強くうなずく。


 いや、コーディ様は悪くないよ。ツァイ様、あなたの勘違いが原因でしょ。


 なんて言えるわけもなく。さて、どう断ろうかと考えていたら。


「それにぜひコーディ様とお会いになって。本当に素敵な方なのよ。すらりとした長身に菫色の髪。それに何と言っても目が綺麗なの。普段は髪と同じ菫色なのに光の加減で淡い青や暗い黄色にも見える不思議な目で」


 まるでコーディ様が目の前にいるような様子でうっとりと話だすツァイ様。ん? なんかおかしくない? これってもしかして。


「ホタルさん、ツァイ様はお屋敷の使用人以外のお知り合いが少ないんです。どうか惚気話を聞いてやってください。私に言うばかりではつまらないらしくて」

「えっ? ちょっと待ってよ。それってお詫びでもなんでもないじゃん」


 こっそりと耳元でささやくタンザにこちらも小声で言い返す。


「もちろん。お詫びさせて欲しいのも本当です。コーディは意外と気を使う奴なんで。絶対会ってお詫びするって言いだすと思うんです。豪華な馬車でタキまで押しかけられても嫌でしょう?」

「げっ、それは勘弁して」


 思わず顔を顰めてしまった私を見て、タンザがニヤリとする。


 まぁ、いいか。造る予定のアクセサリーのことを考えるとコーディ様も居てくれた方が都合はいいし。


「わかりました。では、一ヶ月後にお伺いします」


 軽いため息とともにうなずいた私にツァイ様とタンザも笑顔でうなずく。


「では、これで失礼いたします」


 お屋敷を出ると見慣れた馬車とその隣に見慣れた人影が立っていた。

 

「ホタルさん、本当に心配したんだからね。一体何があったの?」

「ごめん。でも、解決したから」

 

 珍しく怒った顔をしたセレスタに謝る。心配をかけてごめん、と、事情を話せなくてごめん、の両方の意味を込めて。


 そんな私を見てセレスタがやれやれと言った顔でため息をつく。本当に察しのいい子だ。


「まぁ、無事に帰ってきてくれたなら僕はいいけど。帰ったらジェードとリシアには怒られる覚悟しておきなね」


 リシア君は事情を知っているから怒られないんだけどね。と思いつつ妙なことに気が付く。


「あれ? ジェードは?」

 

 そうなのだ。てっきり御者台にいるのかと思ったらジェードがどこにもいない。きょろきょろする私をセレスタが言いずらそうな顔で見ている。


「え? どうしたの? それこそ何かあった?」

「あ~、うん、あったと言えばあったというか、これから多分あるというか」


 珍しく歯切れの悪いセレスタの言い方に嫌な予感がする。


「ねぇ、はっきり言ってよ」

「言っていいの?」

「う、うん」

 

 セレスタの灰青色の目にのぞきこまれてどぎまぎしながらもはっきりうなずく。その様子にセレスタが、よし、と呟く。


「ジェードはただいまレナ様の所に向かっています」

「レナの所? なんで?」

「フィアーノの領主様のお屋敷に乗り込む許可をもらいに」


 ん? なんだって? 今、ものすごく剣呑な言葉を聞いた気がするんだけど。


「誰が?」

「ジェードが」

「どこに乗り込むって?」

「フィアーノの領主様のお屋敷に」

「なんのために?」

「ホタルさんを取り返すために決まってるじゃん」


 青灰色の目と見つめあう事、十秒ちょっと。


「待って! どういうことよ! 大変じゃん!」

「まぁ、出たのは昨日だし、どこかで折り返してくるジェードに会えるよ」

「本当に? フィアーノからタキって一本道なの?」

「ううん。道はたっくさんある」

「駄目じゃん!」


 何のんびりしているのよ。早くジェードを止めないと。


「とはいえできることなんてないし。そもそも連絡もなしに戻ってこなかったホタルさんが悪いんだからね」

「おっしゃるとおりです」


 確かにセレスタを怒るのはお門違いだ。しょぼんとした私の頭をセレスタがぽんぽんとたたく。


「まぁ、ここで焦っても仕方ないよ。連絡する方法もないしね。うまくすれば会えるし、レナ様の所で足止めされているかもしれないし。とりあえず僕たちも帰ろう」

「ん? 連絡する方法? あっ、ある! あるじゃん! 連絡する方法!」

「えっ? ホタルさん、どうしたの?」


 驚くセレスタを前に私は鞄の中をがさごそと探る。


「これよ! リシア君特製の電話! リシア君、今は王都にいるはずだけど、私たちより早く帰れるはず」

「そっか。それがあったか!」


 その後、私たちは急いでリシア君にジェードを止めてくれるよう電話をしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る