ペリドットの意味

「一体何をしようと言うんですの?」


 相変わらず愛くるしい顔に似合わない素っ気ない態度のツァイ様。


「ホタルさん、本当に大丈夫なんですよね?」


 不安そうな顔のタンザ。


 リシア君と電話で話してから二日。なんとかタンザを説き伏せてリシア君に事情を説明。コーディ様を見つけてもらって時間をもらうことに成功。


 こう書くと簡単にいったように聞こえるけど、本当に大変だったんだよ。


 まずタンザに電話を信じてもらうのに一苦労。盲点だったんだけど、リシア君の作ってくれた電話って耳にあてると起動するでしょ? なんとリシア君と私でしか起動しないの!


 結局、最初は電話は信じてもらえず。ゴリ押しでとりあえずコーディ様に会う了承をとって、リシア君と私ごしにコーディ様とタンザで話してもらって、やっと信じてもらえた。


 まぁ、その前にコーディ様を探す手間とか、リシア君を信じてもらう手間とか……今考えるとたった二日で私たち良くやったよ。


 とはいえ、なんとかお膳立ては完了。場所は最初に来たときに通されたのと同じ部屋。


「ツァイ様、これは遠くの人と話ができる道具です」

「タンザ、この方は頭を強く打ちでもしたの?」


 おい! どういうことだ!


 ツァイ様の言葉に若干イラッとするけど、ここは我慢。我慢。

 

「同じものを王都のコーディ様もお持ちです」

「コーディ様ですって? ……お話できますの?」


 コーディ様の名前がでた瞬間、ツァイ様がたじろぐ。


「はい。私と電話の向こうにいるこの石板を作った人間を通してですが」


 その言葉にツァイ様が、なんだ、と言いたげな顔で笑う。


「何を言い出すかと思えば、呪いまじないや奇術の類でしたら結構ですわ。タンザ、この者をさっさと地下牢に戻しなさい」

「そう言うと思ってました。……ツァイ様、押し花のしおりはまだお持ちですか? あの紫の花は紅姫竜胆という花なんですよ」


 私の言葉にツァイ様のライラックピンクの目が大きく見開かれる。


 すぐに信じてもらえないことなんて想定内。事前にコーディ様から二人しか知らないことを教えておいてもらったのだ。


「本当にその小さな石板の先にコーディ様がいらっしゃるというの?」

「はい。今回のペリドットの件を説明してくださると」

「誰がその話をコーディ様に! タンザ! まさかあなたがしたの!」


 ツァイ様がタンザを睨みつける。その言葉にタンザはツァイ様を真っ直ぐ見つめ返して答えた。


「はい。私にはどうしてもコーディがツァイ以外を好きとは思えなかった」


 その口調はいつもの丁寧なものから、くだけたものに変わっている。


「だって、できたのはペリドットだった! 緑よ、緑! 紫でもピンクでもなく!」

「だから、その理由をコーディにちゃんと聞けって!」

「嫌よ! だって」


 ツァイ様が一瞬黙り込む。そして、それまでの勢いが嘘のように俯いてポツリと呟いた。


「だって、聞いたら本当になってしまいますわ」

「ツァイ……」


 その様子にタンザも黙り込んでしまう。


「ツァイ様、大丈夫。コーディ様を信じましょう」


 私もペリドットの理由はわからない。ここまでの段取りで手一杯だったし、何よりツァイ様より先に聞くのは何か違う気がしたんだ。例えどんな理由でも、それはコーディ様からツァイ様に直接話した方がきっといい。


 何も言わずに俯いたままのツァイ様を見ながら、私は電話の先のリシア君に今の状況を伝えた。そして、返ってきた言葉をそのままツァイ様に伝える。


「ペリドットは別名、太陽の石と言うんです」


 その言葉にツァイ様がハッとした顔をして、そのまま部屋を出ていこうとする。


「ツァイ、待て!」

「タンザ、離して! 太陽の石ですって! やっぱり他の方がいらっしゃるのよ! 屋敷の中しか知らない生白いわたくしなんかとは違う方が!」

「そんなはず」


 ツァイ様を捕まえたまま、タンザが目だけで、なぜ? と問いかけてくる。そんな二人に私はコーディ様からの言葉を続ける。


「ツァイは忘れているだろうけど、あのカフスリンクスは昔、君が褒めてくれた物なんだよ」

「えっ?」


 揉み合っていたツァイ様の動きが止まる。


「まだ僕たちが子どもだった頃の夏の昼下り。仔猫を助けようと木に登って降りられなくなった君を助けた時に」

「あっ」


 ツァイ様の目が見開かれる。


「意地っ張りな君がお礼の代わりに言ったんだ。コーディの割には素敵なカフスリンクスだって」

「そんな」


 ライラックピンクの目が揺れる。


「カフスリンクスを見るとその意地っ張りな君を思い出して懐かしくて、ずっとつけていたんだ」

「コーディ様……」

「カフスリンクスからペリドットができたのは、きっとその夏の思い出からだよ。それに」


 私は次に聞こえた言葉に一瞬声が詰まった。


 いや、これ、私が言うの?


「ホタルさん、何してるんすか。早く!」


 電話の向こうでリシア君の急かす声がする。


 わかった! わかりましたよ! ここまできたら乗りかかった船だ。やってやりましょう。


「ツァイ、君は昔も今も、これからも、僕のただ一つの太陽だよ……だそうです」


 ほら、言ったぞ! 言ってやったぞ! こんな恥ずかしい台詞。現実で言う人がいるなんて思わなかったさ。


 でも、目の前で泣き崩れるツァイ様を見たら恥ずかしい思いをした甲斐もあったってものだ。でも。


「ホタル様、どうかコーディ様に伝えて」


 泣きながら告げられたツァイ様の言葉に私は再び凍りついた。


「いや、あの、ツァイ様、それはお会いになった時に直接お伝えしては」

「今すぐですの! ホタル様、お願い!」

「ホタルさん、私からもお願いします。お二人が会えるのはまだ先なので」


 涙で潤んだライラックピンクの目と、主であり幼なじみでもあるツァイ様を真摯に思う紫紺の目がじっとこちらを見つめてくる。


 ずるい! それはずるいよ! その目は反則だぁ。


 はぁ、と一つ大きなため息をつくと私は電話に向かって口を開く。


「あなたこそ私のただ一つの太陽。愛してます。お帰りを待ってます」


 電話の向こうで沈黙が流れる。


 えっ? どうした? まさかの故障?


「ホタルさん、俺も」

「違うわ! コーディ様に伝えてよ!」

「やっぱ、そうっすよねぇ」


 何を言ってるんだか!


 とはいえ、こうしてペリドットの謎は解け、ツァイ様の誤解も無事に解決したのだった。

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