そんなのあり?

「はぁ……」


 用意してもらった部屋のベッドに寝転んだら、思わずため息がこぼれてしまった。


 タンザのお陰で地下牢からは出られたけど、他の人に見つかる訳にはいかないから部屋からは出られない。夜ごはんは部屋に運んでくれたし、部屋にはお風呂もあるし、出なくても困りはしないんだけどさ。


「なんでこんなことになっちゃったかな」


 正直に言おう。ちょっと浮かれていたんだ。私が造ったアクセサリーを見て興味を持ってくれたって話を聞いて。でも、本当はツァイ様は私のアクセサリーに興味なんて全然なかった。


「まさか宝飾合成にそんな使い方があったとはね」


 ただ宝飾合成を使って婚約者の気持ちを確かめたかっただけ。


 思いを素材にする宝飾師。素材は限られるし失敗も許されない。造られる石はまさに一点モノ、その人だけの完全オーダーメイド。宝飾合成をする時の緊張感は半端ないし、他の素材を扱う宝飾師と違って数も造れない。でも、私はお客さんの一人一人と深く向き合えるこの素材を気に入っていた。


 依頼してくれるお客さんも大切な思い出をアクセサリーにしたいと思っているのだと思っていた。できたアクセサリーはずっと大切にしてもらえると思っていた。


 でも、それは私の思い込みだったのかも。もしかしたら今までのアクセサリーだって、誰かの思いを確認するためのものがあったのかもしれない。私の造ったアクセサリーが誰かを傷付けていたのかも。

 

「綺麗なんだけどなぁ」


 寝転んだままタンザから預かったペリドットを取り出して眺める。部屋の光を集めてきらきらと煌めくオリーブグリーンの石。


 コーディ様に別の想い人がいるというのは、どうやらツァイ様の誤解らしい。でも、だからといってこの石に込められているのがツァイ様への思いとも限らない。

 

「何も思い浮かばない」


 預かった時にはデザインくらい考えておこうと思ったけど、わからなくなってしまった。この石にどんなデザインがふさわしいのか。


 そもそも、これはアクセサリーにしていいのだろうか。


「ふぅ……」


 とりあえず失くしたら大変だし仕舞っておこう。そう思ってベッドから立ち上がって鞄を引きずり寄せて。


「ん?」


 鞄を開くと中で何か光っている。なんだろ? って、あっ、これって。慌てて鞄の中から乳白色の石板を取り出して耳元に寄せる。


「やっと繋がった!」

「リシア君……」

「忘れてたでしょ! 今日こそホタルさんから電話してくれるって言ってたのに!」


 不貞腐れたように言う聴き慣れた声。知らぬ間に張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。

 

「ふぇ……」


 まずい。


 そう思った時には、もう私の口からは嗚咽がもれていた。


「ホタルさん?」


 電話の向こうでリシア君の驚いた声がする。


 情けない。いい歳して泣くなんて。しかも相手は一回りも年下だ。そう思うのに。


「大丈夫。大丈夫っす」


 何も知らないくせに。でもその声が優しくて涙が止まらなくなった。


 こんなはずじゃなかったのに。こんな見知らぬ土地で何日も一人ぼっちになるはずじゃ。自分の仕事をこんな風に使われるはずじゃ。


「うぐっ……ごめん……ね」


 どのくらい泣いていただろう。私が泣き止むまでリシア君はずっと、大丈夫、と言い続けてくれた。


「いいっすよ。何があったんすか?」

「ありがと。あのね」


 そこまで言いかけて言葉に詰まる。言えない。タンザから他言無用って言われてるんだ。私の沈黙をどうとったのか。


「俺、そっちに行きましょうか?」

「えっ、それはダメ!」


 心配そうに告げられたリシア君の言葉を慌てて断る。来てもらっても会わせてはもらえないし、リシア君にも道具屋の仕事がある。どうせ十日もすれば解放されるんだし。


「大丈夫。少し帰りは遅れるけど、時間が解決する話だから」

「少しってどのくらいっすか?」

「十日くらい。たぶん」

「はぁ? 全然、少しじゃないっす! ジェードさん達は何してんすか?」


 うっ、これまた痛いところをついてくるなぁ。


「二人とは別行動で」

「俺、行くっす! なんだよ! 任せろとか言ってたくせに全然任せられねぇじゃん!」


 ちょっとリシア君、口が悪いよ。しかも、任せろ、なんて話聞いてないし。


「リシア君は道具屋さんがあるでしょ! 本当に大丈夫だから。ちょっとお客さんの間で行き違いかあって、連絡待ちなだけだから!」


 そう。ちょっとした行き違い。コーディ様と連絡がつきさえすれば大丈夫なはず。


「連絡待ちって? ホタルさん、フィアーノにいるんじゃないんすか?」

「う〜ん。フィアーノにはいるんだけど確認したい相手は王都なんだよね」

「何すかそれ? 呼び出しておきながら、お客さんは王都にでかけてるんすか?」

「いや、お客さんはここにいるんだけど、贈る相手がね」

「あぁ、なるほど。そっか、フィアーノから王都だとそのくらいかかるっすね」

「そうなのよ」


 だから少し時間かかるけど大丈夫だから、と言おうとしたんだけど。


「俺が王都に行ってくるっすよ」

「はい?」


 なんでそうなる?


 話が見えなくて素っ頓狂な声を上げてしまった私にリシア君が笑って続ける。


「依頼主はホタルさんと一緒にいるんでしょ?」

「えっ、あっ、うん」

「で、ホタルさん、今、俺と何で話してる?」

「電話だけど……って、えぇ!」


 嘘でしょ。まさか。


「俺が電話持ってその人に会いに行くっすよ。タキからなら王都も近いし」

「えっ、でも、そんな迷惑じゃ」

「迷惑じゃないっす! それにホタルさんと離れている方が嫌っす」

「えっ?」

「電話じゃ、泣いていても何もできないっす」

「いや、そんなこと」


 急に何を言い出すのさ。やめてよ。返事に困るじゃん。


「じゃあ、俺、明日、朝イチで王都に向かうから、何処の誰に会えばいいかとか、連絡くださいね!」

「えっ? 待ってまだ相手の了承が!」

「そんなの頑張ってください! じゃあ、また後で!」


 そう言うと電話は一方的に切れてしまった。


 えっ? なんかすごい裏技な気がするんだけど、そんなのあり?

 


 


  

 

 

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