まぁ、仕方ないよね

「じゃあ、問題ないじゃん!」

「えぇ、そうなんです」


 思わず大きな声を出してしまった私にタンザがあっさりと答える。


「だったら、さっさとコーディ様に確認とりなさいよ!」


 なんで地下牢なんかに連れてきたのさ。余計なことまで考えちゃったじゃん。


「それが無理なんです」

「えっ?」

「コーディ様は領主様と一緒に王都へ行っているんです。次期領主としていろいろな方にご挨拶周りをしていて、お帰りは一ヶ月後の予定なんです」

「噓でしょ! じゃあ、一ヶ月も帰してもらえないってこと?」


 私の言葉にタンザが慌てて首を横に振る。

 

「いいえ、さすがにそれは! 先ほど事情を説明する早馬をだすよう言いつけましたので、一ヶ月ということはありません。ですが」


 そこで言いづらそうに口籠るタンザに嫌な予感しかしない。

 

「あのさ、それってどのくらいかかるの?」

「えぇっと、フィアーノから王都まで早くて片道四日、すぐにお会いできるかは微妙なので……」

「だから何日?」

「早くても十日程度かと」


 早くない! とはいえ待つしかないのよね。


「とりあえずセレスタとジェードに事情を説明しないと。泊まっている宿屋を教えるから、せめて手紙くらい届けてくれない?」


 ため息をつきながらタンザに言う。十日も戻らなければ立派に失踪だ。タンザだって大事にはしたくないはず。そう思ったのに。


「いえ、お二人にはホタルさんが残ってアクセサリーを造ると伝えてありますので」


 タンザの口からでたのは断りの言葉だった。更に言いづらそうに言葉を続ける。


「ご迷惑をお掛けしているのは百も承知です。ですが、今回の件についてはどうか他言無用で」


 お願いします、と言って深々と頭を下げるタンザ。


 まぁ、そりゃそうか。存在もしない婚約者の想い人に勝手に嫉妬して、無関係の、しかもフィアーノの人間でもない私を拉致監禁。更にそれが別の町の領主様のご息女にわざわざ紹介してもらった宝飾師。なんて体裁の悪い事この上ない。


 私がアクセサリー造りにかかる時間はいつも二週間前後。十日で解放されるならぎりぎりごまかせるか? とはいえ、いくら優秀だといったって、こんな状況をセレスタとジェードが想像つくはずもないし。


 なんて考えていたら、頭を下げたまま息を詰めて私の様子をうかがうタンザとばっちり目があってしまった。上目使いの紫紺の目。口先だけではなく本当に申し訳なく思っているんだろう。鍛えられた長身を縮こまらせてこちらの返事を待っている。


「仕方ないかぁ」


 そんな姿を見せられたら、これ以上文句も言えないじゃん。ため息とともにこぼした言葉にタンザがバッと顔をあげる。


「ありがとうございます!」

「但し! ごまかせるのは十日がいいところよ。もし、セレスタとジェードがお屋敷に押しかけてきたり、何か面倒なことになったら」

「わかってます! その時は私が責任を持って、きちんと事情をご説明いたします!」


 心配しているだろうセレスタとジェードには申し訳ないけど、こうまで言われたら仕方ないよね。


 そう考えていたら、さっき私たちを地下牢につれてきた男性が戻ってきた。男性はタンザに何かをささやく。その言葉にうなずくとタンザが私を振り返る。


「ホタルさん、お部屋の準備ができましたのでどうぞ。早馬も先ほど出発したそうです」

「ありがとう」


 そう言って地下牢から出ようとして、大事なことを思い出して立ち止まる。予想外の展開ですっかり忘れていたわ。


「タンザ、はい」


 そう言って手を差し出した私に不思議そうな顔をするタンザ。こいつも忘れているな、と思って説明しようとしたら。

 

 ギュッ。


 不思議そうな顔をしたままタンザが私の手を掴んできた。そのまま手を繋いで地下牢を出て行こうとするタンザ。


「違うわ! さっきのペリドットを貸して欲しいの! タンザ、持ったままでしょ?」


 なんでおててつないで地下牢をでるのさ! 子どもか!


「あっ! そういうことでしたか! 失礼しました!」


 真っ赤な顔で私の手を離すとタンザはポケットからペリドットを取り出して、私に差し出す。


 暗い地下牢でも僅かな光を集めてきらきらと煌めく二粒のペリドット。


 うん。やっぱり綺麗だ。どうやらツァイ様の誤解らしいし、だったら私は自分の仕事をしないとね。


「あの、その石をどうされるんですか?」

「十日あるんでしょ。デザインくらい考えとくわ」

「えっ?」

「えっ? って何よ。そもそもそのために呼ばれたんだけど」

「あっ、ありがとうございます!」


 タンザは一瞬驚いた顔をした後で、また深々と頭を下げた。


「やめてよ。そんなことより後でコーディ様のこと教えてよ。見た目とか性格とか。子どもの頃から知ってるんでしょ」

「はい! もちろんです!」


 顔を上げて明るい顔を見せたタンザに連れられて、私は地下牢を後にした。

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