幼馴染の三人
「私の母親はツァイ様の乳母なんです。その関係でツァイ様とはずっと姉妹のように育ってきました。そして婚約者のコーディ様も」
「えっ? コーディ様もなの?」
「えぇ、コーディ様のお父様は警備隊の隊長なんです。その関係で私もコーディ様もお屋敷内で育ちました。お屋敷にいる子どもなんて少ないですから、三人で一緒に過ごす時間も多かったんです」
なるほどねぇ。タンザの話にうなずきかけてふと素朴な疑問が浮かぶ。
「警備隊の隊長って貴族様なの? 領主様の娘の婚約者ってことは相手もそれなりの地位の人なのよね?」
セレスタもジェードもタキの領主様の警備隊に所属しているけど、二人とも普通に一般人だ。どうやら優秀らしくていずれはどちらかが隊長になるんじゃないか、なんて話をレナから聞いた覚えがあるんだけど。フィアーノはタキより町の規模も大きいし、そこの領主様の警備隊の隊長ともなれば貴族様なのかしら?
「貴族様って。ホタル様は面白いですね」
そんなことを考えていたらタンザがぷっと吹き出す。
えっ? なんか変なこと言った? っていうか。
「いいよ。ホタルで。って言っても私の方が年上だし言いにくいか。せめて、ホタルさん、くらいにしてよ。ホタル様なんて、それこそ貴族様でもないのに気持ち悪いわ」
「えっ?」
大したことを言ったつもりはなかったのだけど、目を見開くタンザにため息をつく。
わかってる。わかってますよ。このくだりね。
私、ホタルはただいま三十二歳。でもこの美形揃いの世界ではどうやらかなり童顔にみえるらしい。海外に行くと日本人が幼くみられるのと同じね。初対面の人は大抵私を三十代だとは思わない。とはいえ、さすがにタンザより年下にみられるとは思わなかったんだけどな。
「ねぇ、タンザ、あなた何歳? ツァイ様より少し年上だろうから十七歳とか?」
「はい、十七歳ですが」
やっぱりね。長身と切れ長の目のせいで大人っぽくは見えるけど、そのくらいかと思ったわよ。
ちなみに色白のツァイ様とは違ってタンザは褐色の肌。紫紺の目と相まってエキゾチックな美人さんだ。髪も目と同じ紫がかった青。ツァイ様の警護もしているからか短くしているけど、伸ばしても似合いそう。って、そんな話はさておき。
「私は三十二歳。予想外でしょうけど、随分年上よ」
ポカンとした顔で私を見つめるタンザ。一拍おいて大爆笑する。
おい、どういうことだ! そんなに笑います?
「ちょっと!」
「あっ、いえ、失礼しました。もちろん年上だと思ってましたよ」
涙を拭きながら答えるタンザに今度はこっちがキョトンとする。えっ? そうなの? だったらなんで笑われた?
「貴族様なんて少しも敬っていないのが丸見えな言い方するし、お客様なのにさん付けでいいと言うし、変わった方だなと思っただけだったのに。胸張って、年上よ、って」
そこまで言うとまた吹き出したタンザ。お腹痛い、と涙を零して大爆笑だ。
悪かったわね。子どもっぽくて。
私の不機嫌オーラに気が付いたのか、タンザが慌てて真面目な顔に戻ろうとする。
「今更、真面目な顔しても遅いわ! ってか、まだ若干笑ってるでしょ!」
「ふふっ、すみません。だって」
「もういいから! 話の続き!」
私の言葉にタンザがようやく笑いを引っ込めてピシッと姿勢を正す。
「はい! では、ホタルさん。コーディ様は貴族ではありません。しかも領主様のお子様はツァイ様お一人。本来なら一般人のコーディ様が婚約者になれるはずはなかったんです」
「そんでもってコーディ様はツァイ様よりちょっと年上?」
「えっ? はい、十八歳ですが。ホタルさん、宝飾師の方は千里眼か何かをお持ち何ですか?」
コーディ様の年齢を言い当てた私にタンザが驚きの声を上げる。
いや、想像つくでしょ。そうか、そうなるともうこれしかないよね。
この世界では十五歳が成人。父親が警備隊の隊長ってことは、息子も警備隊に入るのが順当なところ。小さな頃から仲良くしていたちょっと年上のお兄ちゃん。子どもの少ない環境なら初恋の相手がコーディ様でもおかしくない。それが成人して警備隊で活躍。その姿にさらに惚れ直したツァイ様。
「ツァイ様がコーディ様を好きで婚約者に望んだわけだ」
「えぇ、その通りです!」
目を丸くしてうなずくタンザ。だから想像つくって。でもツァイ様は一般人のコーディ様を婚約者と言っていた。ということは婚約できたわけだ。
おそらくコーディ様というのはそれなりに有望な人だったんだろう。いくら一人娘のお願いでもフィアーノという大きな町を治める領主様が見込みのない相手を婚約者にするわけはない。
婚約者には無事になれた。親の反対があったわけではない。でも、ツァイ様はペリドットができて怒った。ということは。
「コーディ様はツァイ様以外の女性を好きってことね。そしてツァイ様もそれに薄々気が付いていた」
そんな時に思いをアクセサリーにする宝飾師の話をレナから聞いた。本当ならお抱えの宝飾師の中にも思いを素材にする人はいたんだけど、いつも出来上がったアクセサリーしか見ていなかったというなら素材が何かなんて気にしたことがなかったんだろう。
「コーディ様の愛用の品で宝飾合成すれば彼の思いがわかると思って私を呼んだ。結果、できた石はペリドット。そこから思いつく女性がいたツァイ様は怒ったわけだ」
目の色なのか、髪の色なのか、それとも名前なのか。私にはわからないけどツァイ様にはわかったんだろう。そこまで言って私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
この後、ツァイ様はどうするんだろう? 婚約を解消する? 小さい頃から思っていて晴れて婚約者となったのに?
コーディ様は一般人。だとしたら想い人も一般人の可能性は高い。考えたくはないけど、想い人をどうにかする方をツァイ様が選んだとしたら。
ペリドットを見てしまった私は邪魔だ。
セレスタとジェードと合流できれば後は二人が何とかしてくれる。でも二人は屋敷にはもういない。そして、二人以外に頼れる人なんてこの屋敷の中にはいない。
目の前のタンザを見つめる。鉄格子を見つめる。
年下とは言え護衛として鍛えたタンザを振り切って、鉄格子の鍵を手に入れて、屋敷を抜けて宿屋まで走る。
そんな芸当、絶対無理だ。どうしよう。
そう思っていたのに。
「いいえ。コーディ様はツァイ様がお好きです」
「はぁ?」
あっさりと告げられたタンザの言葉に私は気の抜けた返事をしてしまった。
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