百面相の意味は何?

「いろいろ大変だったようだね」


 やっと帰ってきたタキの町、マダムの宝飾店。夜ごはんはマダム特製の鶏肉のトマト煮とモルガとゴシェさんのパン屋の白パン、それにノームさんからのお裾分けの西瓜。たかが十日離れていただけなのになんだかすごく久しぶりな気がして、ちょっと涙がでそう。とはいえ。


「はい。あの、でも、詳しい事情は」

「いいよ別に。解決したんだろ。そんなことより何を造るんだい?」


 マダムのこういう所、本当にかっこいい。あぁ、いつかはマダムみたいな女性になりたいなぁ。なんて思いながら。


「はい。指輪にしようかと」

「指輪? 贈る相手は男性じゃないのかい? それともそんなに大きな石ができたのかい?」


 私の返事にマダムの眉が軽く上がる。確かにこの世界では指輪は女性のアクセサリーの印象が強い。よっぽどの貴族様でもない限り男性で指輪はしない。するとしても大きな石がついたごつい指輪。マダムの造るアクセサリーとはかなり路線が変わってくる。


「まぁ、ホタルはホタルだ。別に私にあわせて華奢なデザインばかり造る必要はないが」

「いえ、できたのは小さめのペリドットが二個です」

「二個? 一体どうするつもりなんだい?」


 ますますわからないと言った顔でマダムが私に問いかける。


「あの、マダム。この世界って結婚指輪ってあります?」

「結婚指輪? なんだいそりゃ?」


 きょとんとするマダムの顔を見て確信する。やっぱりこの世界には結婚指輪の習慣はないんだ。モルガとゴシェさんの夫婦が指輪をしていないのを思い出して、もしかしてと思いつつ、でも二人はパン屋さん。仕事柄つけていないだけって可能性も考えていたんだ。

 

「結婚するときに夫婦で揃いの指輪を造って、お互いの左手の薬指にするんです」

「へぇ、ホタルがいた世界での呪いまじないかい?」

「はい。夫婦の心と絆を繋ぐ意味があるんです」

「なるほど。左手は心臓に近いからね」


 さすがマダム。私はそのまま言葉を続ける。


「今度の休みにノームさんのところに行ってきてもいいですか? デザインは紅姫竜胆にしようかと思って」

「紅姫竜胆? ペリドットと何の関係が? オリーブとかじゃないのかい?」


 マダムのいうとおりペリドットの色から考えたらオリーブは順当なところだ。平和を意味する木だし。一方、紅姫竜胆の花は紫が一般的。特にペリドットと繋がりのあるような花でもない。でも。


「お二人の思い出の花らしいんです。それに紅姫竜胆の花言葉は」

「あぁ、なるほど。確かにいいかもね。時期も今ならちょうどいいだろう。いっといで」

「ありがとうございます」


 紅姫竜胆の花言葉は、あなたを愛します。そのしおりを贈っていたってことは、要はコーディ様も前からツァイ様を好きだったのよね。全く人騒がせな人たちだよ。


 翌日。リシア君の道具屋に行くとやっぱり、男性に指輪? しかもこの小ささの石で? とマダムと同じことを言われてしまった。


「コーディ様って指輪って感じの人じゃなかったっすよ。次期領主様っていうだけあって品はあったけど、気さくないい人だったっすよ。それに何より若いっすよ。多分、俺より年下。指輪って年じゃないっすよ」


 やめた方がいい、と言いたげなリシア君にマダムへしたのと同じ説明を繰り返す。ついでに指輪のイメージ図を書いたメモも見せると。


「ナットっすか?」


 ごめんよ~。そうよね。彫る模様はこれから考えるから、私が書いたメモはシンプルな輪っかが二つだけ。しかも石を指輪に埋め込むつもりだから、なおさらナットだよね。


「いや、ここにこうやって……」


 更に拙い絵を交えて説明すること十数分。


「なるほど。これなら男でもしやすいっすね。石も引っかからなくてよさそうっす」


 リシア君の反応にホッとする。コーディ様と同世代のリシア君がそう言ってくれるなら、そこまでの抵抗感はなく受け入れてもらえるだろう。コーディ様の分は石を内側に埋め込むことも考えたんだけど、やっぱりペリドットが見えた方がいいと思うのよね。


「でもなんで指輪なんすか? ホタルさんの世界に習ってってことっすか?」

「それもあるんだけど、指輪ってつけている人の目に入りやすいじゃん?」

「まぁ、指についてますからね」

「夫婦って長く一緒にいるわけじゃん?」

「そりゃ、夫婦っすからね」

「色々あると思うんだよね。長く一緒にいたら。その時にこのペリドットが目に入ったら、なんかいいかなって」


 今回のことを思いだして、一度ちゃんと話そう、とか思ってくれるかな、なんて。まぁ、結婚したことないし、なんなら彼氏だって……まぁいいや、とりあえず私が言えるようなことじゃないんだけどさ。


 なんて考えていたら目の前のリシア君が黙り込んでいるのに気が付く。


 え? 何? もしかして引いてる? そうよね。まだ若いリシア君にはわからん話よね。慌てて話を変えようとしたら。


「いいな。俺も欲しい」


 ポツリとリシア君が呟いた。と、一瞬なんだかモヤッとする。


 ん? モヤッって何さ。リシア君もお年頃だ。そんな子がいてもおかしくない。おかしくないどころか、最近は背も高くなってきたし、顔だって悪くない。何より優しい子だ。きっともてるに違いない。


「そっか。いいよ」

「本当っすか!」


 食い気味に聞いてくるリシア君にまたチクッとする。って、だから違うって。相棒とかちょっと距離が近いからって私は一回りも年上だよ。何勘違いしてるのさ。


「えっと、じゃあ、ホタルさん、何の石がいいっすか?」

「それは相手の子と決めなよ。記念の品とかあれば私が宝飾合成してもいいよ」

「えっ? 相手の子?」


 呆れた顔で言う私にリシア君が怪訝な顔をする。と、その顔がみるみる険しくなっていく。と思ったら、何故かリシア君が呆れた顔になって軽くため息をついた。


 えっ? 何? どうしたのその百面相。彼女と何かあったの? えっと、私が聞いていいことなのかな? 経験少ないし、大したアドバイスはできないけど。


「まぁ、いいっす。慣れてるんで」


 だから何が?


「これなら形は楽勝っす。素材は何にします? 銀? それとも金にするっすか?」

「えっ、あっ、それなんだけど金に他の金属を混ぜたりってできる?」

「混ぜるんすか? やったことないけど、とりあえず聞かせてくださいっす」

「うん、あのね……」


 結局、リシア君の百面相の理由はわからないまま。話は指輪の素材の話へと移っていった。



 

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