ラスベガス
アメリカ政府の言いなりになるのは怖いので、自分で飛行機を手配し、日本を飛び立ったのが3日前のこと。そのあとはとにかく目立たないようにコロラド州の優しい老夫婦に匿ってもらっていた。何も特別なことはしていない。にも関わらず、昨日買い物から帰ってきたら黒スーツの巨漢に囲まれた。ラスベガスに親戚がいるからそこを頼るといい……そう言って自家用ジェットを飛ばしてくれた夫婦に感謝しながらここラスベガスに舞い降りたのが数時間前の話だろうか。それにしてもあの夫婦、さらっと自家用ジェットを手配できるなんて、只者ではないな。そして、その旦那さんの弟だという男性もとても親切であった。印象変えた方がいいんじゃないかと髪染めを勧められ、せっかくラスベガスに来たんだからカジノに連れてこられた……というのが今の状況だ。そして今、信じられない状況に直面している。
「初本さん?」
あれだけ強くもう関わるなと言ったはずの教え子がなぜか目の前にいる。
「なぜ皆さんがここに……」
そう呟くと、
「だって、先生が急にアメリカに移動するから。さらわれたかと思いましたよ!」
と元気に答えられる。
「でも、もう関わるなって言ったはずでは?」
「あの一言だけで俺たちを止められると思っていたんですか?舐められちゃ困りますよ。」
胸を張って有間くんが言う。舐めてないからあれだけ強く言ったのだが、無駄だったようだ。
「で、先生はカジノで何をしてたんですか?」
そう尋ねる彼らの目は先生をからかうネタを見つけたぞ、という高揚で輝いている。これは本当のことを言っても信じてもらえないだろうなぁ。
「ってことがあったんです。」
説明を終えると早速床野さんからの攻撃が始まった。
「先生、わたしたちを騙そうとしたって無駄ですよ。そう簡単には騙されないです。」
「いや、本当なんです。」
「そんな漫画みたいな話あるわけないじゃないですか。」
「それが本当にあったから困ってるんです。」
「やっぱり嘘だ!」
「ことり、それくらいにしておこうよ。きっと本当なんだって。先生も困ってる。」
初本さんがたしなめてくれて、ようやく猛攻が収まったと胸を下ろす。
「先生、このままここに留まっていたらアメリカ政府の思うつぼです。日本に戻りましょう。」
近田がアメリカへ飛び立ってしまった後で判明したという事実を聞いた後で、有間くんにそう言われる。日本へ帰る、か……このままではアメリカの策略に嵌っていってしまうとは思うが、日本に帰ったところで安全な生活を送ることができるとも限らない。アメリカでも黒スーツの男に囲まれたことを考えると、世界中どこにいても安全に過ごすことが出来ないのではないかとも思う。そう考えると慣れている日本の方がまだマシ、か。
「そうですね、帰りましょうか。」
近田の一言に5人は満足そうに笑みを浮かべた。そして、
「先生、帰りの飛行機代5人分お願いします!」
「あ、先生も入れると6人分か。」
などという戯けたことを言い始めた。ラスベガスから東京までの飛行機代、6人分……スマホを取り出してその金額を調べる。近田の給料の2ヶ月分か、3ヶ月分か。貯金があるにはあるけれど、それだけでは足りそうにない。しばらくはもやし生活が続くかもしれない。帰りの飛行機では美味しいもやしの調理法を調べることになりそうだ。
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