デスゲーム1日目~人狼編⑭~


「おい鴨志田、こっちに来い」


 部長が低いトーンで鴨志田を呼び出した。今にも消え入りそうな声で「はい……」と鴨志田は答える。


「正直に話せ鴨志田。こいつの推理が正しければお前を罰せなければならないし、間違いならこいつを殴る必要がある。心が痛いよ」

「え、えっと……いや……僕は何のことか……」

「鴨志田さん」


 遠山は数枚の資料を取り出した。印刷された写真には夜の歓楽街で若い女性と手を組んで歩いている鴨志田が映っている。


「あなたの趣味が風俗通いということは既に調査済みです。すいませんね、非常時なのでプライバシーがどうとか言ってられないんですよ」

「なっ……!」

「ここに映っている女性は水瀬さんじゃありません……しかし、女子高生です。この辺の高校に通っている生徒でした」

「あっ……ああ……」

「お前……パパ活やってるのか……」

「もちろん、パパ活をしていたというだけで糾弾はしませんよ。このIPアドレスのログ、追跡したら鴨志田さんの個人用PCにたどり着きました。鴨志田さん、仕事な暇なとき自分のPC使って遊ぶから特定するのが楽でしたよ」

「余罪が出るわ出るわ……」


 鴨志田が今にも泣きだしそうな顔をしているが、追及を止める気は無い。


「色々出てきましたね。とあるメールアドレス宛に今回の人狼ゲームの詳細や会場の断面図、デスゲーム事業の裏側……鴨志田さんはこのメールアドレスに社外秘情報をそれはそれは垂れ流していますね。このメールアドレスの相手は……水瀬さんですね?」

「……」

「……続けましょうか。現場スタッフが隠し通路をふさぐ際の承認印が勝手に使われていた形跡がありました。承認印は電子ですので使用履歴が残ります。履歴と現場班に送られたメールの送信時間を照合した結果、ちょうど僕とまひるさんが席を外し、事務所にあなただけの時間帯と一致するんですよ」

「杜撰な完全犯罪だな」

「ぐう……」

「今一度問いましょうか。内通者はあなたですね?鴨志田さん」

「お、お前が悪いんだ……!」


 急な鴨志田の怒号が部屋に響く。


「な、なんで次期チーフがお前なんだ……!年功序列ってものを知らないのか!俺はこの会社に長く勤めてきた……!お前みたいな若造が、調子にの、乗るな!」

「……はい?」

「うわ……」


 困惑、の一文字である。部長はドン引きしていた。後ろにいるまひるさんも「えぇ……」と呟いている。


「だから、こんな、おかしい話だ!こんな昇格試験まがいのデスゲームは、俺が潰すんだ!ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああ……」


 大の大人が声を出して泣き始めた。旧態依然とした価値観で、時代遅れの思想を散々ぶつけて泣きわめく……なんとも情けない大人の姿がそこにはあった。


「それがくだらない理由が動機ですか?」

「ああああああああああああああ、あああ、あう……あ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!く、く、くだらないとはなんだ!!!!俺は……俺は……クソっ!!」

「くだらんよ鴨志田」


 部長が鴨志田を睨みつける。今日一番の気迫を感じた。


「今時年功序列だと?次期チーフがお前?ふざけるなよ鴨志田。内勤という業務に甘んじ、特別こちらの仕事を手伝いもせず、自分の仕事はロクにしない、常時サボり魔のお前をチーフにするわけが無いだろうが!!」


 部長の怒号、いや叫びと言っていいほどの大きな声が部屋中に響いた。ここまでキレた部長は初めて見た。


「お前のその仕事ぶりは長年嫌と言うほど見てきたからよくわかるよ。なぜずっと内勤にいると思う?お前が簡単なデータ入力しかできない無能だからだ。デスゲームの運営なんぞ任せられるわけが無いだろう。しかもそんな簡単な仕事ですら手抜き・ミスの連発だ。前任のチーフから再三注意されていたよな?だがお前は改善せずに我々に甘え続けた。お前は体が大きくなっただけの赤ちゃんだ。哺乳瓶の代わりにビール缶を飲むようになっただけのな。クビにされなかったのはお前が本条家の遠縁の人間という理由以外に無い。窓際に置いておくしかなかったんだよ。それが自尊心だけ立派に育ちやがって……私は恥ずかしいよ。お前みたいなやつさっさとD組に送り込めばよかった」

「あ……ああ…………」


「ぶ、部長……その辺で……」

「……ああすまない、積年の愚痴が爆発してしまった。それで鴨志田、お前はまだ肝心なことを話してないな」


「はい。鴨志田さん、あなたが僕に恨みを抱いていたのは分かりました。ですが、僕にはあなたがそれだけの理由でとは到底思えないんですよ。そんな勇気と行動力があるならあなたはとっくにチーフです」


(先輩もさらっとひどいな……)


「なぜ最初にあなたの風俗狂いを出したか分かりますか?……鴨志田さん、僕はあなたがこの人狼ゲームが始まるかなり前から水瀬さんと接触していると思うのですよ」

「……!」

「鴨志田さん、あなたも脅されていますよね?」

「どうなんだ鴨志田ァ!?」


 部長が怒鳴りつけた。この人本気で鴨志田さんのこと嫌いだったんだなあ……


「は、話す!話しますから!!」


 失禁すらしてそうなくらい、鴨志田は情けなく地面に座り込んで、ぽつぽつと語り始めた。



 ~~~~~~~~~~~~


 た、確かに俺は趣味が風俗だ。キャバクラからソープまで網羅している。女が俺に屈するのが好きなんだ。優位に立てているような気がして。


 援助交際、特にパパ活も何回かした。今の自分じゃ到底近づけないような若い女が、金さえ払えばよくしてくれる……快感だった。気持ちよかったんだ。


 水瀬マキとは、パパ活アプリで出会った。


 アプリでは成人済みを名乗っていたから驚いたよ。実際にあったら16そこらの少女が来たんだから。でもあの時の俺は酒も入ってて、ラッキーくらいにしか思わなかった。


 マキは聞き上手で、こっちの愚痴をなんでも聞いてくれるし、俺を肯定してくれた。ここまで俺のことを認めてくれるのは水瀬だけだった。


 その日は食事で別れて、二回目三回目と回数を重ねていった。


 そして、何回目かは忘れたけど、マキから二人きりで話がしたいって言われた。指定された場所はラブホテルだった。マキは、部屋でキャミソール一枚で俺を迎えた。


 そこからは……わかるよな。一通りやることをやって、俺がシャワーから出たら、マキはスマホを触っていた。


 何をしているんだ?と聞いたんだ。そしたら……あいつ、「鴨志田さんってデスゲームを作る仕事をしているんですね」って……


 これは本当に事実なんだが俺は仕事の話はマキにしていない。自分のスマホもロックをかけている。だから、どこでバレたのかわからない。


 そしてマキは俺に映像を見せてきた。俺とマキが行為をしている映像だった。


「私だってこういうことはしたくないんですけど、保険はかけておきたいタイプなんです。私は鴨志田さんを信じていますし、安心できる大人だと思っています。だから、鴨志田さん……私のやること手伝ってくれませんか?」


 マキは……あの女はそういって、いつもみたいに微笑んだんだ……




 ~~~~~~~~~~~~



「……そこからは遠山が言った通りだ。俺が内部で色々と工作をした。もちろん、ただの内勤だからそこまで権限があるわけではない。できることと言えばお前の目を盗んで向こうの要求に従ったり情報を流したくらいだ」

「……」

「どうやら我々はとんでもない悪魔の依頼を引き受けたらしいな」

「鴨志田さん……ほかに知っていることはありますか?これ以上彼女に好き勝手動かれる訳には……」

「大丈夫だよ」

「何が?」

「マキの計画するデスゲームは……もう始まって、後戻りができない場所にいる。そして、終わるころには……生きているのは一人だけだ」

「何が言いたいんですか」

「人狼ゲームとしては微妙だが、は無事に慣行されるということさ。とりあえず、山本エリのブレスレットは仮死状態になるものに変えたほうがいい。明日死ぬのは……山本エリと吉澤カオリだ」


「……それは」

「遠山、その辺にしておけ」


 部長が遮る。


「今のこいつから得られる情報がどこまで正しいかわからん。とにかく本人が白状したからには、水瀬マキを重要参考人として身辺調査する必要があるな。認めるよ。今から社長のところへ行くぞ」

「……はい!」


 業務時間はとっくに過ぎている。しかし遠山はこの時、内から言語化できない高揚感なものを感じていた。



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