三
どこまでも続いていそうな青空が広がっている。
顔に降りかかる日差しのまぶしさにまぶたを閉じかけながら、おれはそこはかとない草の臭いに鼻をひくつかせた。
昼寝をするならもう少し日陰にすれば良かったかもしれない。たえず浴びせられる直射日光で顔が焼けていくのを実感していくにつれて、後悔も深まる。かといって、立ち上がるのは立ち上がるのでだるくて仕方がなかった。
こんなことなら、墓参りについていけば良かったかもな。いや、噓だ。そっちも、別に行きたくはなかったし、抜けだしたのはさほど、後悔してない。いや、それも噓。なんか、親どもは、おれがこっちで一人行動をするのをひどく嫌ってたから、帰ってから雷が落ちるのは、正直嫌だなぁって思ってた。
たぶん、どっちでもそんなに変わりはなかったんだろうな、と。
ならひるがえって、母さんの実家に帰省しないでいつも暮らしてる町で遊んでいれば良かったかといえば、それもそれでなんかちがう。バイトもやってない高校生のこづかいでできることなんてたかが知れているし、一学期が終わる前に、面白くないこともあったばっかだし。
とはいえ、遊び相手もいないここで一人行動ってのは、正直早まったな。昔だったら、従姉たちもからんでくれたかもだが、それなりに年を食ったあとは、あからさまに相手してくれなくなったし。もっとも、今更この土地での遊びのいくつかをすすめられたとしても、この退屈は満たされないだろう――そんな予感があった。まっ、どこにいても同じかもしれんが。
いい加減、日差しがきつくなってきたから、避けようところがる。目の前には女の人の顔があった。
とにかく白い。色の濃淡に差はあれど、頭から爪先まで、同じ印象によっておおわれてた。
幻かなんかか? どこか非現実じみた女の人の外見に、おれの疑問はふくらむ。そうでなければ、神様……とか? まさかね。
こういう外見をした人がいるっていうこと自体は知識としてあったけど、実際に見るのはおそらく、はじめてだ。うん? はじめて、だよな。なんか、妙に懐かしい気もする。どっちだろ?
「こんちはっす」
挨拶してみた。女の人はのんびりと寝ころんだまま会釈してくる。なんというか、とても可愛らしい。綺麗な顔をしているから、余計そう感じるのかもしれん。
「こんなとこでなにしてるんすか?」
女の人はなにも答えないで、ただただ微笑む。
もしかして、喋れないのか? そう思ったが、直接聞くのは気が咎めたし、万が一、満足な答えが返ってこなかっらどうしていいかわからなくなりそうだった。
そうこうしているうちに、女の人がゆっくりと体を起こす。なんとはなしにおれも、よっこらっしょ、なんて言って立ちあがる。ジジイかよ。
上半身だけ起こした女の人は草原の上で気持ち良さ気に伸びをしている。どこか幼げな横顔は、ちっとも似ていないのに、親しかった少女と重なった。
「ちょっと話相手になってもらっていいっすか?」
言ってから、迷惑じゃないのか、と思ったが、すぐさま頷いた女の人を見て、やっぱりなしで、とは言いにくくなる。ありがとうございます、と礼を述べてから、
「実は少し前に彼女と別れまして」
言葉を吐きだし、なにを言ってるんだろう、我ながら思う。試しに女の人をうかがえば、けろり、と不思議そうな顔をしている。
「元彼女には、ウチ以外の誰かを見てるのが堪えられない、なんて言われたんすけど、あんま心あたりがなくて、それでおれなりに説得したんですが……ちっとも聞いてくれなくて」
言い訳だな、と自嘲する。実際は、あんま、ではあるものの、心あたりはなくもない。ただ、みとめたくはない。
「別れたら別れたで、友だちとかは露骨に気を遣いはじめて……なんか、色々とめんどくなって、ゴセンゾ様の墓参りって名目でこっちに来たんすよ。結局、墓参りはサボったっすけど」
直後、額に軽くデコピンをみまわれる。見れば、女の人は頬をふくらましていた。ゴセンゾ様は大事にしろ、みたいな感じか?
「悪かったす。後で行きますんで。とにかく気を紛らわしに来たんすよ、おれぁね」
情けないことしか言ってないな。愚痴を吐きだしたはいいが、少しもすっきりしない。どころか、もやもやがかたちを持ったぶん、よりヤッカイになったまである。
ふと、白い女の人が表情を消す。先程まであった怒りも、会ったばかりの時の微笑みでもなく、ただただ無があった。立ちつくしたまま、じぃっとこっちを見ている。
「さっきので終わりっす。愚痴につき合わせちゃってすんません」
終わってないと思ってるんだろうか、と考えて、あらためて話を締めくくる。しかし、女の人はまるでマネキンになったみたいに微動だにしない。死んでるのか、と錯覚しそうだったけど、目の中の無が、はっきりとこっちに向けられている気がした。
この期におよんでまだなにかを言えってか? そうでなくても、なにかを求められている気がした。
……いや、実のところわかっている。まだ、話してないことは、ある。
「心当たりはあんまないって言いましたけど、あんまなだけでなくはないんすよね」
空気を吸いこむ。相変わらず女の人はじっとこちらを見つめている。吸いこまれそうな目だ。
「彼女と付き合って別れるまで、仲良くはしてたつもりなんすけど心の奥でずっと、こんなもんかぁって思ってたんすよね。楽しくなくはないけどまあ普通、みたいな」
学校の休み時間のおしゃべりとか、放課後のデートとか、誰も見てないとこでのキスとか、それ以上とか。楽しかったし、ドキドキしなくもなかったけど、思ったよりも実感が薄いことが続いて、段々と流れ作業みたいになってしまった。たぶん、元カノもそういうとこを察していたのかもしれない、と今なら思う。そしてこの、こんなもんか、という感情はなにも彼女と付き合いだけでもなくて。
「そんで、別れる少し前から今この時まで、なんか心が空っぽっつうか、つまんないっつうか……まあ、そんな感じで」
なにを言ってるんだろ、おれは。とはいえ、さっきより心は晴れた。なぁんも解決してないけど。
白い五本の指。その色に魅入られる。少し遅れて、手を差しだされているらしいと気付いた。
顔を上げれば、控え目な女の人の微笑み。この手をつかんで、なにかがどうにかなるのか? 浮かんだ疑問は、つかまなければなにも変わらないだろう、という予感にさえぎられる。
消去法で手をつかむ。てらいのない女の人の微笑み。ともに草原を歩きだす。どこに行くのかはわからないまま、晴れ空の下を行く。その途中、紫のヒトデみたいな花が目に入った。
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