第231話 エリザベスの想い
(うっ、さむっ――)
エリザベスは体が冷えているのを感じて目を覚ました。
気が付くと背には自分のジャケットが掛けられている。
(クリス……は、もう帰ってるわね――)
部屋の中は灯りが落ちているためもう真っ暗だ。エリザベスは机の上においてある『発電機』のハンドルを回した。
ぶうんと言う振動音と共に部屋がパァッと灯りに包まれる。この装置は今研究中の試作品だ。構造的には非常に簡単なものだ。この間お披露目した発光装置の小型版だと考えればいい。
卓上に乗る程度に小型化した発電機と手のひらほどの大きさの白熱電球を組み合わせただけのものだ。
ただ、今研究しているのは、水車や風車を利用せず、初期に発電した電力を使って発電機を回すという仕掛けだった。
ハンドルを回して発電した電力を磁石に通し、仕掛けによってその電力を流したり止めたりする。すると、中の回転版が回転しはじめ、あとは完全遮断するまで自動で回り続けるという仕組みだ。止める時は、回転盤を手で止めるという感じだが、自動発電機の原型となるだろう。
この発案もリディーによるものだ。リディー、いや、アステリッドから聞く電気や電力に関する話はどれも興味深く可能性が無限に拡がるのを感じさせるものばかりだ。
しかし、エリザベスの目的は電力機械の製造ではない。そう言ったカラクリに関する製造研究はもう工房職人たちのチームに任せてもいいだろう。
エリザベスは先へ進みたいのだ。
バレリア遺跡の「円盤の部屋」に到達したことで、とんでもない技術の革新がもたらされた。英雄王も言っていたが、これは世界を変えることになる新発見だ。おそらく今後、この技術の中心にメストリルが置かれることになるだろう。
だが、エリザベスの目的はそれではなく、「バレリア遺跡の先に何があるのか」という方だ。
それには何よりもあの「円盤の部屋」の謎を解かねばならず、「円盤」そのものが一体何なのかを突き止める必要があるのだと確信している。
クリスにはまだ頑張ってもらわないと――。
この研究はおそらく私一代では成しえないだろう。私の後を引き継ぎ、レーゲンの遺志を継ぐのは彼しかいない。そうしていつか必ず「あの遺跡に隠された謎」に辿り着かねばならない。それは、彼か、またその弟子か――。
いずれにせよ、自分の時代に少しでも推し進めてやりたい。エリザベスも研究者としてはそろそろ円熟期を迎えるころだ。年齢的にもだんだんと体に無理が効かなくなってゆく。
あと10年――。
おそらくそれが限界だろう。それまでにクリストファーを自分の後任教授として独り立ちさせてやりたいと考えていた。
(次の探索が終わったら、そのことをクリスに打ち明けて、具体的な今後の方針を話し合わないと――)
クリスももう3年生だ。来年には進路を確定しなければならない。彼が考古学に夢中なのは知っている。しかし、卒業後にどうするかはまた別の話だ。次の探索の開始まではそれほど時間はかからないだろう。夏前にある程度方向が固まれば、クリスもその後の行動指針をはっきりとさせられるだろう。
エリザベスは可愛い弟子が気遣って掛けてくれた上着をそっとコートラックに戻すと、冷えた体を温めるために、シャワー室の扉を開けた。
――――――
クリストファーが異変を感じて目を覚ましたのは、どうやら馬車の中のようだ。
「お目覚めですか――。ラアナの神童、クリストファー・ダン・ヴェラーニ殿――」
目の前の座席に腰かける貴族風の男が声を掛けてくる。
「あなたは誰です? 僕をどこに連れて行くつもりですか?」
動揺を見せない風にクリストファーは静かに問いかけた。
「突然すこし無茶をしてお連れ致しましたこと心よりお詫び申し上げます。なにぶんあなたにはメストリルの監視がついておりますので、ね。何者かに接触しようものなら、すべて『氷結』に筒抜けになってしまいますから――。それで仕方なく、監視の方には眠ってもらい、その間にあなたをお連れしたというわけです」
その男は穏やかな表情でそう告げた。
「――ああ、ご心配なく。監視のものを殺したりはしてません。そろそろ目を覚ます頃でしょう。ですが、あなたを誰が連れ去ったかを知られるわけには参りませんのでね。あなたのご意見を伺わずにお連れした次第です」
「――――」
クリストファーはここで抵抗したとしても埒があかないと悟っている。しかし、相手の本意がまだ見えない。
「――ああ、名前でしたね。わたくしは、ルスラン・レヴィンと申します。ヘラルドカッツ王国国家魔術院のものです」
「――それで? 僕をヘラルドカッツへ連れて行くという事ですか?」
「ええ、まあそう言う事です。まずは会っていただきたい方がおります。それから、見ていただきたい場所もあります。――おそらくあなたも驚かれる場所ですよ? その上でそのお方の話をご検討いただきたいのです」
「そのお話を聞いたうえでお断りすることは出来るのですか?」
男はふっと口角を上げて、
「もちろんです。我々はあくまでもあなたと接触したのを悟られたくない為にこのような行動に出たまでです。お話を聞いたうえで、それでもお断りになるというのなら、条件さえ飲んでいただければちゃんと家までお送りいたしますよ」
と
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