第228話 ミヒャエル坊やと翡翠


「エリザベス、電球の売上から得られる純利益のうち、2割をお前に技術提供料として支払うことにする。残りの8割で工場の工員への報酬やその他諸経費を賄って、工場を運営してゆくつもりだ。おそらく、こんなことは世界初だ。王立で工場を設立し、広く一般平民からも人員を募るつもりでいる」

と、英雄王が『白熱電球工場』についての構想をエリザベスに伝えた。


「2割!? そんなに頂いてもよろしいのでしょうか?」

エリザベスはまさかそのような話になるとは思いもしなかった。


 ここまでの研究開発についても一部はエリザベスが自己負担したところもあるにはあるが、そんなものは誤差の範囲でしかない。ここは王立大学なのだ。ほとんどの必要経費は王立大学から支給される研究費で賄われている。ここで開発された技術は当然のことながら王国に帰属するものとなるのが通常だ。

 つまり、成果報酬として給与の増額などはあったとしても、開発した商品の売上の一部を報酬でもらうなど、おそらく初めてのことだろう。


「バレリア遺跡の探索費用についてこの先も何かと金は必要だろう? 俺に一々伺いを立てずに自由にできる金はある程度持っておいた方が都合がいいだろう。――あ、とはいえ、それを優先的に使えという事ではないぞ? あくまでも、用心のためというやつだ。これまで通り経費の範囲内で収まるものはそこから使えばよいし、足りないならまた言ってくるのも構わん。いつでも、相談に応じるぞ? この約定はあくまでもお前のこれまでの成果に与えられる成果報酬だ。屋敷を買うなり、服を買うなりするのに使ってももちろん構わんのだからな?」

そう言って英雄王は片目をぱちりと瞬いて見せた。


「畏れ多いことでございます。このエリザベス・ヘア、今後も国家の為、陛下の為、一命を賭してバレリアの研究に励みたいと思います」

と、エリザベスは応じた。



 ところで――、と英雄王が言葉を繋ぐ。


「バレリア遺跡の探索だが、次は俺が選定した者たちを連れて行ってもらいたいのだ。エリザベス、よいか?」


 先程言っていた、バレリア遺跡の調査の件についての話だ。

 エリザベスとしては、もちろん誰に付いてきてもらっても特に問題はない。ただ、やはり前回の経験からキールやリディーたちには付いてきてもらいたいと考えていたのだが――。


「――ええ、もちろんです、陛下。バレリア遺跡の調査は王立大学の仕事の一環です。陛下が誰かを連れて行けと仰ることに私としてはなにも異論はございません」


 と、表情を崩さずに見せたつもりだったが、英雄王もさすがである。すぐさまエリザベスの杞憂を振り払う言葉を繋ぐ。


「心配するな、もちろんキールたちには行ってもらうつもりだ。いや、むしろ、キールたちにこそ行ってもらわねばならないと思っておったところだ。そのメンバーに数名――そうだな、3名ほど加えてほしいというところだ。実は近く、このジルメーヌの土地へキールたちを派遣するつもりでいるのだ。その為のパーティメンバーの予行演習をバレリア遺跡でおこなっておきたいというところなのだ」

と、英雄王がその意中を明かす。


「エルルート族の土地へ……ですか? どうして――」

エリザベスはそこに何の意図があるのか思わず気になって口に出してしまった。このあたり、さすがに学者と言うところだろう。どうしたって好奇心が先に出てしまう。

「あ――、いえ、お気になさらないでください。これは私の了見りょうけん内ではないことですね。学者の性分と言うものです、ご容赦くださいませ」


「ふふ、構わんよ。お前が勝手に言いふらす様なことなどないとわかって言っておるのだ。実は、最近エルルート族の土地に魔物が増えておるらしくてな。それの対策にと、このジルメーヌが俺のところにやってきた。まあ、そう言う事だ」

と、英雄王は風が吹けば木の枝が揺れるぐらいに、自然にさらりと一大事を打ち明ける。この男の器も相当なものである。


「なるほどのう。あの坊やと嬢ちゃんを私に預けるつもりじゃな。それで、私に今指導させていると――。お前の考えそうなことじゃからそうだとは思っておったが――。ついにはバレリア遺跡とやらの探索にまで私を巻き込むかよ……」

と、少々面倒そうにつぶやいて見せたのは、当のジルメーヌだ。


「――あ、なんか、すいません。巻き込んでしまって――」

とエリザベスが思わず反応するが、

「かっかっか! よく言うわ! お前だってそのバレリア遺跡に興味津々だろう? お前の好奇心の強さと言ったら、エリザベスといい勝負をするか、もしくはそれ以上だろうが」

と、大声で高笑いを決めたのは英雄王だった。


 ――ゴン!


 部屋に響いた鈍い打撃音に、この部屋にいた二人を除く全員が目を丸くした。

 二人と言うのは、ジルメーヌと英雄王だ。


「――っててて……。な!? いきなりその杖で殴んなよ!? それ、結構痛いんだからな! ほらみろ、コブになってるじゃないか!」

「自業自得じゃ。わたしを続けざまに2回もお前呼ばわりするからじゃ。今回はそれに加えて、お前の依頼を受けてやるのじゃから、これはその前借分じゃ」



 周囲のものたちは呆気あっけにとられる。

 それはそうだろう。


 見た目的には20代そこそこの若い女が、一国の王でしかも見た目的にはもういい「おじいさん」の頭を、杖の先端でごつんとぶったのだから――。


 しかし、当の二人の様子は、まるで正反対で、ジルメーヌが相当の大人で、英雄王がまるで子供のように見えてしまう。


「――ん? おいおい、皆が引いてるじゃないかよ? おま、いや、ジルメーヌよ、一応俺にも体裁ていさいと言うものが――」

「ふん! 私の前ではどんななりになろうが、ミヒャエルはミヒャエルのままじゃ」


 と、ジルメーヌは口角を上げて両眼を閉じ、あごをくいと上げて見せた。

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