第227話 それぞれの春、もしくは秋(2)
クルシュ暦368年6月初旬――。
とうとう一つの製品が完成した。ここまでは長い道のりだった。
しかしながら、周囲の協力が実を結ぶ形で完成された発明は、何物にも代えがたいほど貴重なものになることだろう。
『ヘア式白熱電球』――。
それにはそう名前が付けられた。
竹の炭を使うという奇抜な発想は、もちろん、エリザベスの中には全くなかった構想だった。
元はアステリッドの知識によるところが大きい。
とはいえ、アステリッドはそういった知識を持っていただけで、製造法を知っているわけではなかった。このように一つの形に為しえたのは、
『発電機』と名付けられた電気を生成する装置も、安定して一定の電力を生成できるようになるまで何代も改良が重ねられ、最終的には水車と組み合わせることで半永久的に電気を生み出すことができるところまで発展させることができた。
そうして、この二つの装置を量産するための設備の構想がおおかた固まる段階にまで達していた――。
「――というわけで、お金が要ります」
と言ったのはエリザベスだ。
「……うむ。まあ、そこは何とでもなる。取り敢えずのところ、工場の建設予定地と、資材の仕入れ業者の選定を急がないとな」
とは英雄王の言葉だ。
英雄王は今、エリザベスの部屋に来ていた。
「これは、なんということじゃ。何とも摩訶不思議な装置よのう?」
と驚嘆したのは、『
「へっへー。これがこれから先の俺たちの世界を変えることになるんだ。どうだ? すごいだろう?」
と自慢げに英雄王が返す。
「おまえはただ、魔物をぶっ飛ばしただけじゃろう? 凄いのはお前ではなく、この嬢ちゃんの方じゃ――」
『翡翠』が英雄王に鋭く突っ込みを入れる。
見た目的に自分よりも5つぐらい年下に見える、白く透き通った肌に金色の瞳を持つこの女性に「嬢ちゃん」と呼ばれることに、彼女が人間とは別の種族であると聞かされていなければ違和感を感じるところだ。
「ありがとうございます。ですが、私と言うよりもむしろ私と共に研鑽を重ねてくれた仲間たちの力がすべてです。彼らが居なければここまで精度と持続性の高いものは作れなかったでしょう」
と謙遜する。
「――じゃから、そなたが凄いのじゃよ。畑の違うものを一つのチームにまとめて成果を出すのは専門家にはできないことじゃ。そなたの努力と情熱がこの結晶を生んだのじゃ」
と『翡翠』がさらにかぶせた。
「まあ、そう言う事だな。皆の顔を見ればお前がどれほど悩み苦しみ骨を折ったか、一目瞭然と言うものだ。素直に誇ればよい。お前は素晴らしいことを成し遂げたのだ」
そう言った英雄王の言葉に呼応するように周囲の仲間たちが歓声をあげた。
「はい、光栄です。しかし、まだようやくスタートを切ったというところです。この「白熱電球」はバレリアの技術の入り口にすぎません。やはりまた近いうちにバレリア遺跡へ赴いて、更なる探索が必要だと感じています。おそらく、「電球」よりも、「電力」そのものこそ、かの遺跡探索を進めるうえで必要なものだと思っています。要は、どういう形で使うのか、どこに使うのか、そのあたりのことを調べる必要があるということです」
とエリザベスは『本題』を告げた。
『ヘア式白熱電球』はあくまでも電力の活用と『発電機』の耐久性や精度などを上げるための一つの「媒体」でしかない。と、エリザベスは当初から考えている。それと、バレリア遺跡を探索するための「光源」の確保のためだ。
この『白熱電球』と『発電機』さえあれば、キールやミリアやリディーの魔法に頼ることなく充分な明かりの
おそらく見落としているところがいくつもあるはずだし、さらに深奥部にはまだ何があるか判明していない。
エリザベスはこの『電球』と『発電機』の開発が終わったら、早速バレリア遺跡へと飛びたいと前々から考えている。
「まあ、お前はそう言うだろうと思っていたさ。大丈夫だ。その辺りのことももう準備はできている」
そう言って英雄王はニヤリと笑った。
「ウェルダート、工場の方はお前に任せる。エリザベスのチームのものたちと連携して事にあたれ。電球の量産体制が整ったらすぐに全世界へ販売攻勢をかけるぞ。それで資金は回収できるはずだ。心配するな。この電球は必ず売れる。国庫を開いて大規模な工場を建設するんだ。販売開始と同時にパンクするようでは何の意味も無いからな?」
振られたウェルダート・ハインツフェルト政務大臣は、
「もちろんです。お任せください。財務室長のケイン・ギュンダー伯爵ともすでに話を進めております。陛下、今回は出し惜しみせずに国庫を使わせていただきますよ?」
と自信をみなぎらせた表情で応えた。
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