第223話 ハルの国


 ハルは昨日から今日の午後をとても楽しみにしていた。


 昨日会合のあと、キールに誘いを掛けて正解だった。やっぱりこの子はわたしのことを気に入ってくれている。でなければ、断ればいいはずだ。

 まあ、その度合いはともかくとして、少なくとも嫌われてはいない、今はそれだけ分かればいい。


 誘いと言うのはさほど難しいことではない、明日の夕食を一緒にどうかと聞いただけだ。出来れば午後にこの街を案内してもらって、最後に夕食を一緒にと、そう告げた。


 キールは二つ返事で快く応じてくれた。となりのミリア何某なにがしは少し戸惑っていたようだが、彼女もさすがに王陛下の前で客人であるボクのことを邪険には出来ない。どうせ君も来るんだろう? と思っていたら、案の定、じゃあ私もご一緒しますわ、だって。この子、本当に分かり易い。


 しかし、キールとミリアの二人の関係はどうなのだろう。

 親密――とは言えるのだろうが、それは父さまと母さまのようなそんな感じでもなさそうだ。言うなれば、仲のいい同級生と言った感じか。ただ、明らかにミリアの方はキールにある一定以上の感情を持っている。それがボクのこのもやもやと同じかどうかは分からないけど、似たようなものかもしれない。


 ああ、そうか、そういうことか――。ボクもキールともっと仲良くなりたいんだ――。


 このもやもやって、いわゆる、なのかもしれない。


 ただ、そう決めつけるのは別に今すぐでなくてもいい。たぶん、ボクの勘が正しければ、一緒にいることが多くなるはずだ。

 だから、今はゆっくりと距離を縮めてゆけばいい。


「じゃあ、せっかくだから、僕の仲間たちを紹介するよ」


 そう言ってキールは去って行った。

 ボクはキールと二人でも充分なんだけど、ミリアも来るなら、1人増えるのも2人増えるのもたいして変わりはしない。



 レントの街は昨日も少し見て回ったけど、なんというか、少し汚い感じがする。汚れている、と言うのではなくて、雑多で散らかっている、と言うのが適切だ。匂いもなかなかにいろいろなものが交じり合っていて、すこし感じがする。


 エルルートの土地はその点、清潔で穏やか、といえば聞こえはいいが、基本的にはあまり何もない、と言った方が適切なのかもしれない。ここと比べれば明らかに人の数も建物の数もそして物の量も少ないのだ。

 エルルート族は生まれたときに精霊の加護を得る。

 これは等しくすべてのものに与えられるエルルートの特徴だと師匠は言っていた。

 そんなこと、レントの話を聞くまでは当たり前のことで何も特別なことだとは思っていなかったけど、たしかに先日のキールとの対決で、守護精霊の存在に自分が頼っていることを思い知った。

 レントのものたちにはこのような精霊はいてはいないのだ。最後の最後の砦がないというのは、それだけ自身の鍛錬が必要だという事でもある。


 話が少しれた。

 そう、エルルートの土地の話だ。


 つまり、守護精霊の精霊力と言うのは、基本的にはいわゆる自然の恩恵のたぐいだ。自然豊かな清らかな場所では精霊の力は充分に発揮される。ただ、魔物が蔓延はびこってくると、精霊の力は弱まってしまう。これは師匠が言うには魔物の汚染によるものらしい。

 今回レントの土地へ来たのは、その魔物の討伐についてレントの力を借りるためであることは師匠から聞いている。


 レントには先ほど言ったような特色の違いから、「戦士」と呼ばれるものが存在するらしい。つまり、自分の力で人を護るために強靭きょうじんな肉体を持ち、刀剣や戦斧を使って魔物を討伐する者たちのことだという。彼らレントに守護精霊はいない。その為、自身の最後の砦はまさしく鋼のように鍛え上げられた自身の肉体のみなのだ。


 エルルート族にはそう言った「戦士」はすでにいない。魔物の討伐には少数存在する魔術師が当たるのだが、魔術師と言えども守護精霊の加護なしで戦うのは非常に危険極まりない。それゆえ、魔物の汚染がひどい場所では、ほとんど戦えないのが実情だ。そのため、常に警戒し、魔物の駆除にあたっているのだが、数年から数十年に一度の割合で、大規模な魔物の侵攻が起きることがある。

 前回のマウケレア湖の時と同じように、ジダテリア山に今回はそれが起きた。

 その前回の魔物の駆除の際に協力をしてくれたのが、あの「英雄王リヒャエル」だったと聞いている。


 エルルート族の村は木々や花が多く、穏やかで平穏である。

 ある一定の精霊力を保つためにも、自然と共生し穏やかに暮らすことがエルルートの信条だ、とは師匠の教えだ。


 豊かな森の中で行われた昨日のキールとの決闘の際には、『リーチ』の力が大きく働いたのだが、このような街中では『リーチ』はほとんど姿を見せることがないことからも師匠のいう信条の意味がよく分かろうと言うものだ。


(つまり、街の中にいる今日はが入らないってことだ。思いっきりこの街を楽しむんだ! 今日ボクは1だもんね――)


 決してリーチをうるさく思っているわけではない。いつも一緒にいてくれるのは安心だし、心強い。でも、何かにつけて話しかけてくるのは結構疲れることもあるんだよね。でも、今日はたぶん話しかけてはこないだろう。この街にいる限り、余程のことがない限り、『リーチ』は姿を現さないはずだ。


(とはいえ、別に消えてしまっているわけではなく、常にそばにいることには変わりはない。姿を見せないだけで、居るには居るのだから、あとでくちゃくちゃ言われないように羽目を外すのはやめておこう――)


 そう思いつつ、キールたちと出会う時間を楽しみに待っていた。

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