第222話 南の国の異変


 クルシュ暦368年4月末――。


 ジルメーヌの話を聞くべく、英雄王の執務室にいつもの面々が呼び出された。

 キールとの邂逅の翌日の夜の話だ。


「すまねぇな、ジルメーヌ。待たせちまったな」

英雄王が第一声にそう詫びたところから会合は始まった。


 イハルーラは今晩はキールたちと食事に出ると言っていたため、ここにいるのは、ジルメーヌ、ウェルダート、ニデリック、ネインリヒ、そして英雄王の計5人だ。

 

 エルルート族の大地、その存在を知るものはそこを『南の国』と呼んでいる。外交がないこの世界において国名はあまり意味をなさない。それこそはるか遠い昔はエルルート族もいくつかの国に分かれていたのかもしれないが、その様な記録も、記憶を持つ者も残っておらず、気が付けば統一王朝が存在していたという感じだ。


 エルルート族の中にも「人間レントの土地」が存在していることを知るものはそれほど多くはない。

 こちら側がいくつもの国に分かれ、――人間にとっての数十年などエルルート族から見ればその程度の認識だ――まで戦乱に明け暮れていたと知るエルルート族たちは、あまり、レントたちとの交流に積極的ではないというわけだ。さもありなん。

 

「で? 今回もあの船でレントの土地こっちまで来たのか?」

「ああ、お前が乗ったあれと同じ型のものじゃ。いつもの場所に停泊しておる」


 英雄王のパーティは一度ジルメーヌたちの住む大地を訪れたことがあることはすでに述べた。その時に使った渡航手段がその船なのだろう。


「あれは爽快だったなぁ! できることならもう一度乗ってみたかったが、先日も言ったとおり、もうあれに乗って海を渡るのは俺には荷が重いと言わざるを得ん。それに、立場上この国を離れるわけにもいかんからな――。いちおう、キューエルとティットには声を掛けておいたからそのうち顔を見せるだろう。レイモンドは――さすがにもうお役御免だろう。あいつもいい歳だからなぁ……」


 英雄王パーティのあの3人のうち、司祭帽の治癒術師キューエル・ファインと、レンジャー系軽戦士ティット・デバイアの二人のことだ。


「――でだ。どうしたって戦士系の新人が必要になった。そこでだが、一人推薦したい人材がいる。今日はそいつを呼んである」


――英雄王がパンパンと手を打ち鳴らすと、扉の前にいた衛士がカチャリと扉を開けた。


「――呼んでくれ」

と、その衛兵に英雄王が声を掛けると、衛兵は軽く会釈し扉から離れて行った。


――数秒後、再び扉がノックされると、その声がうららかに響いた。


「――近衛兵長クリュシュナ・ゲート。召喚に応じ参じました。はいります」


 そう言って、扉が開かれると、そこには金髪を頭の後ろで一つにまとめた女性仕官が一人立っており、執務室内に進み出た。


「ジルメーヌ。こいつを連れて行け。女だと思って舐めない方がいいぜ? 剣の腕は相当のもんだ。おそらくレイモンドと互角には渡り合えるたまだ。まあ、親父が親父だからなぁ。もともと素質があるうえに、実直と来ている――」

「クリュシュナ――。あの嬢ちゃんがそこまで強うなっとるとはのう……。そうか、ガーランドの娘じゃものな――父の跡を継いだという事はそう言う事でもあるか、こりゃあ楽しみじゃのう」


「この度の御推挙、このクリュシュナ・ゲート、光栄の極みでございます。父ガーランドの名に恥じぬよう、つとめたいと思います」

クリュシュナはそう言って、敬礼した。



――――――



 そこからクリュシュナを交えて6人は南の国の状況について『翡翠』から聞かされた。


 南の国には今大規模な旱魃かんばつが起きているという。


 おそらくこの春、いや、エルルート族の大地は今は秋になるから、次の春、つまり半年後のことだが、それまでに旱魃を解決しなければ、作物が育てられず、食糧危機に瀕する恐れも出てくると言う。

 結局この秋の種まきは一応済ませはしたものの、ほとんど生き延びて成長してはくれないだろうと思われる。

 

 そしてこの元凶は、ジダテリア山に最近巣食うようになった魔物の影響だという事が判明した。

 彼らエルルート族の学者たちが結集し、その結果、この魔物の巣を壊滅させなければこの事態は収まらないという研究結果が得られたのだ。


 しかしながら、エルルート族の中にこの魔物に対抗できそうな戦力がないのも事実だ。彼らがどうして対抗できないのか、大きな理由が一つある。そしてそれが致命的な理由でもある。


「われらエルルート族のものは基本的には魔術師はほとんどおらぬ。これはレントもそうであるのと同じだ。ある一定の素質を持つ者しか魔術師に成れぬ。だが、魔術師の才あるものは、エルルート族固有能力である精霊の加護によって幾倍にも魔法力が高まるものが稀に現れる。わたしもそうじゃが、ハルもそうじゃ。しかし、このジダテリア山においては精霊の加護の恩恵が非常に弱まるのじゃ。普段それに頼って生きている我らからすれば、精霊の加護なくしては通常の戦力の半分どころか、3分の1も出せないのじゃ」


 そう言って、ジルメーヌが情けないと言わんばかりにふんと鼻を鳴らす。


「――で、結局、私のところにはちが回ってきた。レントたちの力を借りれぬかとな――」


「なるほどなぁ。しかし、その対策はなかなかに進んでないようだな? 俺らが行ったあの湖の時もそうだったろう? たしか精霊の加護が使えねーとか言ってなかったか?」

「本当にのう、統一王朝も最近はすこし堕落している節がある――。まあ、それはおいおい考えるとして、今回はそう言う事になったというわけじゃ」


 そんな内容で、会合は続けられた。 


 



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