第221話 恋敵は突然に


「ほう、お前らは知り合いなのか?」

と、英雄王が驚いて言った。


「あ、いえ、その――昨日たまたま出会ったばかりでして……」

とキールが答える。知り合いというほどのものでもないのは事実だ。実際、彼女が一体何者であるか、キールは全く知らないのだ。


「昨日は楽しかったね、キール。ボクの胸にはまだ君の手の感触が残っているよ?」


 ハルが放った一言に一同が仰天する。彼女はそう言って自分の左胸に手のひらを当てたのだ。

 全員が困惑する中、特にミリアの表情はもう「仰」を通り越して「怒髪」か「昇」か良く分からないものになっている。


「ハル! ちょ、それ言う?」

キールは慌ててハルの言葉を取り繕おうとするが、どうやらもう後の祭りのようだ。

 

 いや、むしろハルからすれば「思うつぼ」と言ったところだ。さっきからミリアとキールの微妙な距離感にすこし苛立いらだちを感じている。ちょっと揶揄からかってやろう――そう思ったハルは、こう言えばきっとミリアは苛立つはずだと、それを狙った確信犯だ。実際ミリアの表情は思った通りの反応を見せた。


「き、キール!? ど、ど、ど、どういうことよぉ!? 説明しなさい!」


 とうとうミリアの雷が天から降り注いだ。



 数分後――。

 この部屋にいる一同は昨日の出来事の詳細をハルの口から聞いた後だった。


 ハルは昨日のキールとの魔法戦のことをそれはもう楽しそうに話したものだから、一同も状況をよく理解し、キールの行為が「不可抗力」ことを知って、一旦落ち着きを取り戻していた。


「エルルート族に魔法戦で勝つなど、そうそうできるもんじゃないぞ? キール、お前またとんでもない勲章を手に入れたものだな?」

と言って笑ったのは英雄王だ。


「エルルート族?」

キールは耳慣れない言葉を聞いて理解が及ばすに聞き返す。


「ああ、これは国家機密レベルの話だから、他言は無用だぞ? この二人は人間じゃねぇんだよ」

と、唐突に英雄王が暴露する。


「陛下、よいのですか?」

ウェルダートがさすがに慌ててとりなすが、英雄王はそれを制止して、

「構わんさ。こいつらは俺の最後のパーティメンバーだぜ? パーティと言うのは基本的には隠し事は無しというのが俺の持論だ。余程のことでなければ情報は共有する、そう言う事だ。だから、いいのさ」

と言った。


 それを聞いた当のジルメーヌも特に何も言わないのだから、別に構わないと思っているのだろう。

 むしろ、ジルメーヌたちエルルート族側からしてみれば、この土地では素性を隠しておいてほしいと言われてるぐらいだから、打ち明けていい相手と言うのが分かるのは好都合と言うものだ。


「やはり、なかなかに面白い坊やのようじゃの? 昨日、ハルから少し話を聞いてはいたが――。ネインリヒがお前のことを警戒する意味もなんとなく分かろうと言うものじゃ」

と、ジルメーヌが静かに言葉を放つ。


翡翠ひすい様! それは――」

「――まあいいではありませんか。我々魔術院がキール君を監視しているのは事実ですし、キール君もそれにはすでに気付いているはずです。今さら取繕とりつくろうのもおかしいと言うものですよ」

 ネインリヒが何事かを言おうとしたのを押し留めたのは『氷結』だ。


「まあ、僕のそばにいつも何者かが付いているのは感じていましたが、おそらく魔術院の方そうだろうと思っていたのが判明して、僕は逆に安心感すら覚えますよ。昨日のあの一件でもし僕が死んでいたとしても、野ざらしになることはないでしょうから――ね」

そう言ってキールは口元を緩める。


「なるほどのう。リヒャエルが抱えたがるのも分かろうと言うものじゃな――」

そう言うと、ジルメーヌはソファから立ち上がり、二人の方へ歩み寄ってきた。


 その動きのしなやかさはまるで絹が風になびくかのように自然で美しい。見た目的にはキールたちの少し上のように見えるのだが、底知れぬ奥ゆかしさが溢れていて、到底そんな年齢の女性の風格ではない。


 キールの目の前にまで進んだ『翡翠』は、昨日見たハルの瞳と同じ色の瞳でキールをじっと見据える。ついで、ミリアにも同じようにした。


「――いい眼じゃな……。二人とも将来が楽しみじゃ。ん? お前たちがびている短杖タクト――。もしかしてそれは――」

「俺が紹介したんだよ。『漆黒しっこく』にな」


 2人の腰に差している短杖タクトに気が付いたジルメーヌに英雄王が呼応する。


「『漆黒』――ネーラか。彼女はまだ生きておったのか、そうか、それでは会いに行かねばならんのう」

「ああ、折角だから会いに行ってやれ、おそらく次は無いかもしれんからな――」


 

 こうして、会談は終わった。

 結局のところ、特に何かをするというわけでもなく、キールとミリアの二人に会っておきたいという翡翠の申し出と、ぜひそうしてくれと言う英雄王の思惑に、二人キールとミリア三人王国の重臣たち一人ハルが付き合わされたと言ったところだろう。


 そして、会談が終わりを迎えそうな時になって、「やれやれ」と思っていたキールの耳にとんでもない言葉が飛び込んでくる。


「師匠、ボク、この街を見て回りたいんだけど、キールたちと一緒に行ってもいいかな?」


――え? まさか――。


「おお、構わぬぞ。わたしもネーラのところへこれから行こうと思っておる。ここからは別行動と言うことにしようかの。夕食までには戻ってくるんじゃぞ?」

「やったぁ! キール、じゃあ、いこっか!」


 そう言うなりハルはソファからすくっと立ち上がるとキールの傍に駆け寄って、すっとキールの腕に手を回した。


――え? はやっ!?


 と思ったのはミリアだ。そのハルの方へと視線を移すとハルはミリアの方を見上げて、にやりと笑った。


――この子、分かり易すぎ!


 明らかな対抗意識を感じたミリアは、少々面倒なことになったと嘆息したためいきをついた



*********

【本編改稿箇所発生報告――余禄に加筆します】

改稿箇所――第182話『漆黒のネーラ』。


「まあ、これでええじゃろう。わしももう老いたからの、あのリヒャエルに付き合う役目はもう次に受け継ぐことにするわ――」

「まあ、これでええじゃろう。あやつのパーティはなかなかに過酷じゃからの。わしもかなり苦労したわ――」


しかし、その者が現役だったのは、もう20年以上も前のことで、そこからは、英雄王は魔術師をパーティに加えていなかったという。

しかし、その者が現役だったのは、もう20年以上も前のことで、その後、最後の魔術師に席を譲ったという。つまり、ネーラは最後から2番目という事になる。



以上すでに訂正済みです。

宜しくお願い致します。こう言う事、あるよねぇ――。すいません><



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る