第217話 師匠と弟子


「ニデリック、久しいのう。魔術院の院長も板についてきたというところか」

ジルメーヌはそう言ってニデリックに微笑みかけた。


「ジルメーヌ様、またお出会い出来るとは思っておりませんでした。今日はごゆっくりとおくつろぎくださいませ」

と、ニデリックも返す。


 英雄王からの報せを受けたニデリックとネインリヒがジルメーヌを迎えにいき、国家魔術院の方まで案内している。今日は魔術院の宿舎で逗留とうりゅうしてもらうことになったのだ。


「ああ、すまぬ。れの分の部屋まで用意してもらってたすかったわ」

「お連れ様にはこの場所はご連絡済みですか?」

ネインリヒがそう案じて問いかけた。


「ああ、それは大丈夫じゃ。わしの守護精霊がうまくやってくれるはずじゃ。そのうち魔術院の玄関にでも来るじゃろう」

「そうですか。それでは守衛にそうことづけておきますが、どのような方でいらっしゃいますか?」

「子供じゃよ。一見すると男の子のように見えるが女の子じゃ。瞳の色が私と同じじゃから、すぐにわかるであろう」

「なるほど。わかりました。失礼の無いようご案内いたします」

「ありがとう、ネインリヒ。――しかし二人とも、いい大人じゃのう? 先ほどクリュシュナに聞いたが、わたしがここに来るのは一回り前じゃというから、12年か? の者たちの成長は早いのう」


 先ほどからジルメーヌが口にしている「レント」というのは、いわゆる人間のことを指していると思ってもらって構わない。

 賢明な読者諸兄ならもうお気づきのことだろうが、ジルメーヌたち、エルルート族と人間(レント)は全くの別の種族であり、が違うのだ。

 端的に言えば、エルルート族の方が長く生きて成長も遅いと言えばわかいりよいか。

 

 エルルート族――その起源は人間と同じなのかは不明であるとすでに述べた。また、住まう土地が「南の果ての地(=大海)のさらに南に存在する大陸」であることも説明済みだ。彼らは彼らの土地で人間たちと同じように生活をしているが、国家という枠組みはすでにない。現在は統一王朝という政府がその大陸すべてを管轄しており、他の種族とは交わらず、その土地で暮らしている。

 その彼らのうち、一部のものが人間の存在を知っており、彼らの言葉で「レント」と呼んでいる、という訳だ。


 人間たちはこの大陸で未だ国家の枠組みから逃れられず、それこそ自由経済思想が現れるまでは相変わらず国境紛争や領地争いを繰り返していた。ようやく最近になって、戦乱よりも経済での競争を、という風になり、今では各国家は自国の繁栄のために平民獲得に躍起になっているという状況だ。

 しかし数十年前に比べれば、その方がまだ「平和」であると言える。

 この大地から国家という枠組みが消え去り、エルルート族のような統一国家が生まれることなど、今の人間たちの誰一人として思い至るものはいないだろう。


 どのようにしてエルルート族が統一王朝という政治体形にたどり着いたのか、それについて知るものはエルルート族の中にも一人としていない。そのぐらいの長期にわたり、エルルート族統一王朝はずっとエルルート族を束ね続けている。


 一つ推測するとすれば、彼らの「長寿」という特徴が、それを可能足らしめたのであろうということぐらいだ。


 そして彼らには、長寿というもののほかにもう一つ、人間と違う特徴を持つ。それが守護精霊だ。守護精霊はエルルート族一人一人に一体付いている。「付いている」のか「憑いている」のかは、はっきり言ってよくわからない。とにかく生まれた瞬間から守護精霊が彼らを守護するようにいつもそばに寄り添っている。その守護精霊たちは自身の守護主体を「あるじ」とよび、その者が死す時まで寄り添い続けると言われている。

 その原理もよくわからないが、こういう事はそういうものだと割り切るしかない。


 説明を続けていては話が進まないので、今のところはここまでにしておこう。

 それでは本編へ戻るとする。



 3人が魔術院に到着した後、ニデリックの執務室で最近の人族の様子、魔術師界隈の話題、エルルートの国で今起きていることについて英雄王に相談に来たことなどを順を追って話しているところに、執務室の守衛から報告があり、どうも連れの方がおつきになられたようだと報告があった。


 そうしてその数秒後、この執務室へと案内されてきたその子は、確かに見た目的にはまるで男の子にも見える。それほどに利発そうな顔立ちと目をしていた。髪は短めのショートカットでボーイッシュにまとめられている。そもそもこのエルルートの種族の体の凹凸は大人になったとしても人間ほどの主張をしないのだから、このぐらいの年の子ならなおさらだ。しかしよく見るとやはり、所作の一つ一つに乙女らしさも現れていて、女の子らしさが垣間見える。


「イハルーラ、ご挨拶をなさい」

と、ジルメーヌが促すと、

「はい、師匠。――お初にお目にかかります、イハルーラ・ラ・ローズと申します。『氷結』様のご高名こうめいは師匠よりかねてから聞きおよんでおりました。お目に掛かれて光栄です」

と麗らかな声であいさつをした。

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