第218話 ネインリヒの苦悩


「ところで、ニデリックよ。その英雄王パーティ最後の魔術師の二人というのはどのようなものたちなのじゃ?」


 『翡翠ジルメーヌ』はやはり自分の後釜あとがまのことが気にはなる様子だ。


 ニデリックは、ふぅっと息をつくと、


「なんと申せばよいでしょう――。一人は我が魔術院所属の女性魔術師です。いまは王立大学の学生であります。おそらくは来年以降我が魔術院の公務に参加することになる――と私は思っておりましたのですが、どうも少し雲行きが怪しくなってまいりました」

と答えた。


 ネインリヒはそれを聞いて、「確かに」と思わないでもない。

 問題はキール・ヴァイスだ。

 あの男が現れて以降、ミリアの成長はさらに加速したと言える。しかし、それと共に、過去の彼女のように愚直なまでの魔術院への忠誠や王国への政務への興味などが、若干薄れているように見えるのも感じている。


「ほう、そのような逸材がこの魔術院にもおったか。私は初めて聞くのう?」

翡翠ジルメーヌ』がそう言って、少し驚いたような表情を見せた。


「ええ、そうでしょうとも。何せ、まだ若干20歳ですから、この前にいらしたときは、まだ8つです。ちょうど初等学院に入った辺り、と言ったところでしょうからご存じなくても当然だと思います」

と、ニデリックが応じる。


「なるほど。ランクはどうなのじゃ?」

「錬成「3」上位ですね。しかし、まだまだ可能性はありそうです。今後の成長次第では、さらなるクラスアップも望めるかもしれません」

「ほう、それほどにお前が期待しているということは相当の才女じゃな。将来が楽しみじゃな」

「はい。大切に育ててやりたいと思っております」


 そう言ったニデリックの表情を見たネインリヒはやはり院長がミリアに掛ける期待の大きさはかなりのものだと確信した。もしかすると、自身の後継者として彼女を考えているのではと思えるほどだ。


「ふむ。それで、もう一人はどんなやつじゃ?」

翡翠ジルメーヌ』の質問は当然の順序と言っていい。


「それなのですが――」

翡翠ジルメーヌさま! あいつは何を考えているかわからん男です。飄々として姑息、凡庸にして鋭利。まったく私にはあの男が何を考えているのか理解できません!」

ニデリックの言葉を遮るように、ネインリヒがまくし立てた。


「なんじゃ、ネインリヒ、その男になんぞ恨みでもありそうな勢いじゃが。何を熱くなっておる?」

翡翠ジルメーヌ』はネインリヒの剣幕に少々引き気味になる。


「あ、もしかしてその男ってさぁ。王立大学の学生じゃない?」

と、言ったのはイハルーラだ。


「ええ、確かに王立大学の学生ですが――。イハルーラ殿はどうしてそれをご存じなのですか?」

とニデリックがハルに問うた。


「ああ、やっぱり、あの子だったんだ。――さっききたよ?」

と、ハルが何の気なしにすらりと答える。


「へ? い、イハルーラ殿はあいつ、いや、キール・ヴァイスと戦ったと、そうおっしゃっておられるのですか?」

今度はネインリヒが大きく目を見開いて驚いている。


「あ、そうそう! キール! キール・ヴァイス! その子で間違いないよ!」

「おい、ハル、それでその男はどうなったんじゃ?」

さすがに『翡翠ジルメーヌ』が心配になってハルに問う。もしかして、殺してしまったのではないかと思ったのだ。


「え? ああ、大丈夫、死んじゃいないよ? ていうか、ボクあの子に負けちゃったんだよね――」

と、ハルが答えた。

「でもね、とても楽しかったんだ。ボクあんなにワクワクしたのは初めてかもしれないよ。今度会ったらまたやろうねって約束してきたよ」

とさらに続けた。


「ふ、はははは――。なんという事でしょう。エルルート族と魔法戦をして勝ってしまったと、そういう事ですか――。本当にあの男には何度でも驚かされるところです。――ネインリヒ君、私はキールに関してはもう驚かないと思うことにしてたのですが、それでもあの男はそれを超えてくるのですね」

そう言ってニデリックは珍しく満面の笑みを浮かべている。


 それを見た『翡翠ジルメーヌ』も、

「ほう、そんな奴がおったのか? お前がそんな顔をするなどあまり見たことがないぞ? ああ、そうじゃ、あの時以来じゃ、ほれ、『火炎ゲラード』とやり合った時の――。懐かしいのう」

と、笑う。


「い、院長! 『翡翠ジルメーヌ』さまも! 笑いごとではありませんぞ? あの男放っておくと本当に何をしでかすかわかったものではありません! バレリア遺跡から発掘した技術の解析にも関与しているし、そうかと思えば、娼館の経営顧問もやってたり、ああ、それに『疾風リシャール』さまとも随分接近している様子。本当に私にとっては気が抜けない男です!」

ネインリヒとしては常にキールの動向に気を配らねばならない立場上、もうこれ以上何かしらの火種を生むようなことは自重してほしいというのが本音のところだ。


「しかし、ハルがこんなにあっさりと負けを認めるってことは、そやつ、なかなかに見どころのあるやつかもしれんな? 私もぜひ会ってみたいものじゃ」

「や、やめてください! 私はもうこれ以上面倒を見切れません!」


 『翡翠ジルメーヌ』の言葉にネインリヒは悲鳴のような声を上げてしまった。





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