第215話 イハルーラ・ラ・ローズ


「『翡翠ひすい』が来ただと?」

英雄王はさすがに驚いた様子だった。


「はい、えず応接室へお通しいたしております」

政務大臣のウェルダート・ハインツフェルトが応じる。


「ひとりか?」

「はい、お連れ様はお連れでないようです」

「わかった――。すぐ参ろう」


 『翡翠』が来るとはいったい何事だ? と、英雄王はいぶかしんでいた。ウェルダートの話によると、急ぎで相談があると言っているということだが、アイツが俺に相談というのはこれまでの経験からもあまりいい話ではないように思う。


 ともあれ、話を聞かないことには何も始まらない。英雄王はすぐさま執務室を発ち、応接室へと向かった。




******




「う、う~ん……」

キールはぼんやりとする頭を振って、体を起こした。


 そばには先ほどの少年、じゃなかった、少女が座っている。


「あ、ああ、どうやら気を失ってたようだね……。どうしてを刺さなかったのさ?」

キールはそう言って少女の方に顔を向けた。


 少女はにこりと笑って、

「だって、君の勝ちだからね。ボクは負けたんだから、君にとどめを刺す権利はないよ。まあ放っておいてもよかったんだけど、なんとなく、君と話がしたいなって思ってさ。それで、気が付くまで待ってたってところだよ」

と答えた。


 その金色の瞳には先ほどまでのような殺気は見えず、ただ、柔らかい光を放っているように見える。時間としてはそんなに長い間気を失っていたわけではなさそうだ。


「――僕の勝ち、だって?」

キールは少女に問いかける。


「お、思い出させないでよ? 一応ボクにも恥じらいというものはあるんだ。あの態勢で何かの魔法を発動されてれば防ぎようがなくって、ボクの心臓は吹き飛んでてもおかしくないからね。リーチもそう言ってたしね」

と、ややうつむき加減で答えた少女の表情は少し恥じらっているように見えなくもない。


「あ、あ! ご、ごめん! まさか、あの、その――」

慌てて取り繕おうとするキールに、少女がかぶせて言葉を返す。

「いいよ、もう! だからその話はもうやめて! それより、君の名前を聞かせてよ? ボクは、イハルーラ・ラ・ローズ。リーチは『ハル』って呼んでるけどね」

「キール、キール・ヴァイスだ。王立大学の学生さ。年は今年で20歳になったところだよ」

と、キールも応じた。


「20歳かぁ、結構若いんだね」

「若い?」

「あ、ああ、気にしないで。ボクは15歳だよ。そ、それより――、君、すごいね。とても魔法の素質にあふれているようだね?」

「え? あ、ありがとう。でも、まだまだなんだ。僕は魔法を使えるようになってまだ3年ほどなんだよね――」

「ふうん。そうなんだね?」

「あ、それより、君の方こそ、すごいじゃないか? どこかの魔法学院にでも所属してるの? あ、それにあの『リーチ』? あんなの初めて見たよ?」


 キールは自分の素質を褒められると気恥ずかしくなる。それは自分が獲得したものではなく、たまたま付与されたものに過ぎないと知っているからだ。

 それよりも、この子の『守護精霊』とか言ってた、さっきのアレは何だったのか、その方が気になって仕方がない。


「ああ、リーチはボクの唯一の友達さ。生まれたころからずっと一緒なんだ。普段はあまり人に姿を見せないんだけどね。いつもボクのそばについててくれるんだ」

「ふうん。守護精霊って言ってたけど、そんなのもいるんだね――。初めて見たから少し驚いたよ?」

「まあ、普通、人間が見ることはないだろうからね――。あ、そろそろ、いかなくちゃ。師匠に叱られちゃう」

「師匠?」

「うん、その人と一緒にこの国に来たんだ。それで、師匠は用事があるからって――。でも、そろそろ行かないと――。キール、今日は楽しかったよ。また会えたら今度はボクが勝つからね。じゃあ、また、いつか」


 そう言うとハルは、キールに背を向けて駆けだしていく。


「イハルーラ! 僕こそとても勉強になったよ。ありがとう! また会おうね!」

「ハルでいいよ! キール、じゃあね!」


 ハルは王都の方角の茂みの中へと消えていった。おそらく師匠と待ち合わせをしてるのは王都のどこかなのだろう。


 しかし、とても不思議な出会いだった。

 ハルのようなあんなひとみはこれまでに見たことがない。それに、魔法ではない何かを使ったのもなんとなく感じる。気合一きあいひとつでキールの魔法を消滅させたあの力はいったい何だったのか。それも守護精霊の力の一つなのだろうか?


 ハルが去ってしまったこの森の広場はしんとして、一気に寂しさがこみ上げてくる。確かに日も陰りだしている時間だ。


 そろそろキールも帰ろうかと、ハルの消えて言った方向へと歩みだした。 

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