第214話 『ハル』


 男の子の口元は緩んでいるが、金色の瞳にはただ人ならぬ殺気をはらんでいる。


「君も魔術師なのかい?」


 キールはその視線を受け止めつつ、静かに返した。


「魔術師……、まあ、君たちからすれば同じようなものなんだろうけど――、ちょっと違うかな……。魔術はボクの本分じゃないんでね――」


「でも、魔法を使うんだろう? まあ、いいや。それで? 勝負のルールはどういう形式?」

といいつつキールは魔法感知を全方位に展開し警戒を怠らない。さっきのような接近を許すと今度は一撃食らってもおかしくないのだ。そうしてさらに、続ける。

「一本勝負なんだろう? どうやったら一本ということにするか、決めておかないと、僕が勝った時に文句をつけられても困るからね?」

  

「ふん、君、ボクに勝つつもりでいるのかい? すごい自信だね。――そうだね、じゃあ、一撃食らったら終わりということにしようか。まあ、その結果がどうなってもボクは責任は取らないけどね――」

相変わらずその少年は笑みを消さずにそう言った。


「ああ、わかったよ。そういう事なら、オッケーだ。じゃあ、やろうかぁ!」

言うなりキールは物体移動を発動し、一気に間合いを詰める。そうして相手の懐に入り、一発見舞ってやるつもりだった。


 ぐん――っと加速して、少年の目の前に到達する。

火炎フレイム!」

 火属性の単発基本魔法を右手に乗せて少年の腹へと手を伸ばす。


「ふうん、結構速いじゃないか――」

 

バアン!


と破裂音が響いたかと思うと、返す刀で少年の右手がキールの顔面に襲い掛かる。

 少年が何らかの術式を発動し、キールの魔法を相殺したのだ。そしてすかさず攻撃を繰り出すつもりだろう。 


物体移動サイクス!」

とキールが術式を発動し、すんでのところで後方へ飛び退り間合いを取る。


 ――が、あろうことかその少年はキールの移動についてくる形で間合いを一気に詰め、右手をキールの顔面にうちつけた。


バシン!


 と、キールの顔面すれすれのところで少年の腕が急停止する。一瞬の間ののち、少年の右手が後方に跳ね上げられた。


「くぅ! なんだって!?」

腕を跳ね上げられた反動で少年の小さな体が後方に弾かれる。


「エアウォール!」

キールの術式発動の声と同時に、二人の間に地面から空へと吹き上げる空気の壁が出現する。

 少年の体が跳ね上げられた反動でやや浮き上がっているところへ、下から吹き上げる風にあおられる恰好になる。


「わぁああ!」

少年はたまらず叫びながら空中で後方宙返りを打って、キールから数メートル先に着地する。まるで軽業師のような身のこなしだ。


 すかさずキールは追撃の魔法を繰り出す。

火球ファイアボール!」

 両手を前方にかざし今着地したばかりの少年に向けると、かまわず両手大の火の玉を打ち出す。


 火球はまっすぐに少年の体へと向かって飛んでゆくが、少年は今、着地したところで受け身の態勢を取れていない。


(これはかわせないだろう――!)

と、キールは確信した。


 迫りくる火の玉に少年は防御態勢を取ることをしない。もし直撃したらさすがに火傷やけどぐらいはするだろう。


「はあ――!」


 いきなりのことだった。少年が気合を発すると、キールの放った火の玉が、少年のすぐ直前で消え失せてしまった。


(なんだって!? 今のタイミングで魔法術式の発動の気配はなかったぞ!? なにをしたんだ!?)

キールは確信していたことを裏切られ、動揺を隠せない。が、何かが起きたことは間違いがないのだ。


「な、なにを――!?」

言いながらキールは防御態勢を取る。少年が一気に間合いを詰めてきたからだ。


「そうりゃぁ!」

少年は詰め寄った拍子にすかさず左手を突き出してくる。


(くそっ! 間に合わない!)

キールは、その左手の打撃をよけきれないと覚悟を決めた。



 ガシイイン――!



空気と空気がぶつかり合って潰されたような破裂音が広場中に木霊こだまする。



「ぐぐぅ――」

キールは少年の左手を自身の額で受けていた。術式発動前ににして、発動を阻止したのだ。


「君、本気かい……。自分の方から頭をぶつけてくるなんて――」

「――かなり、痛かったけどね……。こうするしか他に思いつかなかった、よ……」


「それに、この膝蹴ひざげり……。の助けが無かったら、あばらの何本か持っていかれていたかもしれない――よ」

「そうかい――? 君のって言うんだ――。のかい?」

 

 キールは額にその子の手のひらを受け、自身は膝を突き出している。そしてその膝を両腕で受け止めている、もやのような人影――いや、動物か?――よくわからない何者かに気が付いていた。

 

『わりいな。さすがに手出しせずにはいられなかった――。オレは、『ハル』の守護精霊だからな……』


 この声はどうやらそのの声らしい。


「ハルっていうのか、君の名前は……。それに――」

「それに?」

「この感触、君、だったんだね――」


「へ?」

と言ったその子、『ハル』は自身の左胸に温かい感触を感じる。


 『ハル』はそろりと自分の左胸に視線を落とす。そこにはまぎれもなくキールの右てのひらが置かれていた。


「直前で、気が付いて、術式発動をやめて、正解だったよ――、でも、ちょっと、頭が痛かったなぁ――」

そう言うとキールはふぅっと気が揺らいで、膝から崩れ落ちた。


「な――!? リーチ! どうして止めなかったのよ!?」

『ハル』は慌てて自身の胸を両手で覆って、リーチにまくし立てるが、リーチは素知らぬ顔で応える。

『ああ、そっちの方にはとわかったからな、ただ、膝の方はあばらが何本かいっててもおかしくなかったから止めておいた――』

 どうやらリーチはキールの右手がハルの胸に触れたのを確認していたが、怪我や命の危険がないことを悟って、怪我の可能性の高い膝蹴りの方を止めておいたと、そういう事らしい。




 キールは気を失って『ハル』のすぐ足元に、大の字になって転がった。





 


 

 

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