第213話 『翡翠』の訪問
クルシュ暦368年4月下旬――。
メストリル王国王城に一人の魔術師が現れた。
彼女は王城の門衛にこう言った。
「リヒャエルに会いに来た。
女は名乗りに呼応するような濃緑色の玉が乗った長杖を突き出して、門衛にそう言った。年齢は、見たところ20代前半に見える。色白で顔立ちは整っており、その瞳の色は不思議な色をしている。虹色といえば一番表現が合っているだろうか。とにかく、様々な色が交じり合っているようで金色にも見える不思議な色だ。
「リヒャエルだと? 女、それは英雄王様のことを申しておるのか?」
門衛の一人がさすがに警戒態勢をとる。
「ふん、英雄王はお前らが勝手につけた通り名であろう。私にとってみればあんな小僧などどこまで行ってもリヒャエルだ――」
「なに!? 無礼だぞ!」
もう一人の門衛がさすがに自身の
「――お前ら、新人だな……。門衛と言えば、ガーランドはどうした?」
「ガーランドさまを知っているのか?」
ガーランド・ゲートは今は現役を退いて隠居生活している元門衛長であり、この門衛たちにとってみれば前上長だ。
「ガーランドさまは引退為された。今は、クリュシュナさまが門衛長だ」
と、一人が答える。
「クリュシュナ? ほう、あの嬢ちゃんか。そうか、あの嬢ちゃんはもう幾つになったのだ?」
「た、たしか、今年で30だったと思うが――」
と、もう一人の門衛が答える。
「まだ29よ――」
不意に門衛たちの後方から麗らかな女性の声が響く。
「ク、クリュシュナ様!?」
「し、失礼しました!」
と二人が同時に呼応した。
「別にいいわよ。――それより、『
と、
「ほう、あの嬢ちゃんがこんなに大きくなっとるとは。はて、ここに来るのは何年ぶりじゃろう?」
「わたしが17の時ですから、12年ですね――」
「そうか、もう
「急ぎ、ですか? 何か異変でも?」
「いや、すぐにどうこうという事はないが、対策を講じる必要はあるかもしれぬ。つまり、その辺りの相談じゃ――」
「あ、すいません立ち入ったことをお聞きいたしました。どうぞ、こちらへ。すぐにお取次ぎいたします――」
「なあにかまわんよ。嬢ちゃんの好奇心の旺盛さに陰りがなくて何よりじゃ、ははは」
そう言いながら、二人は門の内側へと消えて行った。
後に残された門衛の二人は顔を見合わせている。
「いったい何者だ、あの女性は――」
「魔術師――なのだろうが、クリュシュナさまを12年前から知っているのに、まだ20代前半にしか見えなかったぞ?」
「でも、クリュシュナ様の口ぶりからは、あの女の容姿は変わらないようだったが――」
「どういうことだ?」
「――さ、さあ、俺に聞くなよ」
などとやり取りをしていた。
******
キールは魔術院で練習していることの反復を行っていた。
場所はいつもの郊外の森の広場だ。
ここでいろいろなことが起きたり、いろいろな人と出会ったりしているが、なんとなく心地が良く、気分も落ち着く。魔法を練習するのに精神を集中するにはとてもいい環境だ。しかも、通りからは少し外れているから、知っているもの以外ここに来ることはない。
まあ、いつも必ず一人は付いてきてるのだけど――。そういやまだ、その人には出会ったことがないような気がするなぁ――。もうずいぶん経つのに、顔を知らないというのもどうかと思うが、「彼」からすれば顔を知られては仕事がやりにくいのだから当然なのかもしれない。
「見張りさん、いつかお食事でもしましょうね」
と、おそらくその辺りに潜んでいる「彼」――「彼女」かもしれないがたぶん「彼」で合っているだろう――に声を掛ける。
もちろん、反応はない。
が、その「彼」とは違う気配が近づいてくるのを感じた。
(誰だ? こんなとこに来るなんて、迷うという事はないはずだけど――。そうなると、僕を追ってきたってこと、か?)
キールは魔法感知を広域展開してその気配を察知しようとする。
しかしその気配はふっと消え、そして、辺りに静寂のみが漂う。
「――ふうん。君、面白いね――」
キールは弾かれたように飛び
(僕の魔法感知に反応しなかった? 何者だ!?)
「ああ、驚かせてごめんよ。ちょっとからかってみただけだから、そんなに怖い顔しないでよ?」
その男の子がキールを見てそう言った。
キールはその目を見て、不思議な感覚にとらわれる。
瞳の色は見たことのない色をしていてまるで虹のように様々な色が入り乱れ、金色ともいうような色合いにも見て取れる。顔立ちは端正で、色は白い。かなりの美少年だ。
「君、魔術師なんだね――。ボクも少し魔法を使うんだよ? どうだい? 一本、勝負をしてみないかい?」
その男の子は、そう言ってクスリと笑った。
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