第212話 ただでは転ばない


「え? キール、今、なんて――?」

ミリアはさすがに驚いて、聞き間違えたのかと一瞬戸惑った。


「ほう、これまでずっとミリアと共にやって来たのに、ここにきてどういう風の吹き回しですか?」

と、ニデリックも一応真意を問うてくる。


「これまでミリアから教授を受けやってきましたが、たぶん、これではダメなんだと思います。もちろん、ミリアの教授に問題があるわけではありません。むしろ、彼女の教授があればこそ今の僕がここまでやれているんだと思います――」

とキールが答える。


 しかしながら――。


 キールは自分に決定的に足りないものがあると、今日の魔法戦で思い知らされた。

 確かに自分の素質は錬成「4」、超高位クラスで、おそらく現在において世界最高であるだろう。

 これは、現状判明している魔術師の中で、キール以外に錬成「4」の魔術師が3人しかいないこと、そしてその3人の誰もが超高度クラスに到達していないことから明らかだ。


 ニデリックは高度クラスだし、あとの二人は上位クラスだ。


 それでも、おそらくこの3人にはまだ遠く及ばないだろう。


 このまえの英雄王パーティで見たあの『疾風リシャール』の動き、剣技。今日経験した『氷結ニデリック』との魔法戦でのあの組み打ち術。そしてその二人が一目置く『火炎ゲラード』。現在のところ『火炎ゲラード』が持つ体術は明らかではないが、ネインリヒの言葉から、少なくとも院長と同じ体術を知っているとは予測できる。


 『院長は幼いころ修道僧モンクに育てられた』ということを、馬車の中でミリアに聞いている。院長と『火炎ゲラード』は双子の兄弟だ。普通に考えれば二人とも同じ環境で育てられたと考えていいだろう。


「魔術師というのは、基本的には隙が多い戦闘ユニットだと思います。詠唱に精神集中が必要なこと、術式展開から現象発動までのタイムラグ、消費した魔力の回復など、いずれにおいても必要なのは長短の差は幾らかあるにせよ、時間なのだと僕は思うのです。その隙をどうやって補うか。僕にはそのすべがありません――」

とキールは言葉をつづけた。


 なるほど――。


 と、ニデリックは頷いた。


「しかし、それならば、剣技や体術を会得えとくすることを目指してもよいのではないですか? どうして、魔術院の訓練なのです?」

とニデリックがあたかも当然かの如く重ねてくる。


「院長も、お人が悪いですね――。院長もその問いが愚問だとわかっておいででしょう?」

「ふふふ、これは私が悪かったようですね。さすがにキールくんもそこはお気づきですか――」

「ええ、もちろんです。僕が今からそれらを習得するのはおそらく非効率でしょう。まあ、やってやれないことはないでしょうが、おそらく相当の時間がかかります。それよりも僕は僕の特性を生かしたい。そして僕に圧倒的に足りないものは、基礎魔法の運用と練度、そしてその試行の回数です」


 ニデリックは目を閉じて、ふっと口元を緩めた。


「――どうやら、私はちゃんと答えを返せていたようですね……。キールくん、まさしく君の言う通りです。今日私が君に勝ったのは、その練度の差によるものです。術式のレベルはむしろ君の方が上だったかもしれません。特に最後に君が見せたあの術式は私よりも上位の超高度以上の術式でしょう。――ですが君は私に敗れた。ここで君が腐るようでしたら、私はこれ以降、君との協力関係を破棄しても構わないとさえ思っていました――」


――いいでしょう。


「キール・ヴァイス君。君を当国家魔術院特待訓練生として受け入れましょう。――どうせ、魔術院に帰属する意思はないのでしょう? 構いませんよ。君には一つ借りを作ったことにしておきます。この借りは大きいですよ? いつか必ず返してくださいね?」


 そう言ってニデリックは口元を緩めつつも、鋭いまなざしでキールを射抜いた。


 キールは一瞬そのまなざしに射抜かれたような心境になったが、これこそが『氷結』なのだろうと踏みとどまり、

「分かりました。この借りは必ず充分満足いただける利息をお付けしてお返しします。だから、今は礼を言いませんよ?」

と、なんとか返す。


「おまえ! つけあがるにも――」

ネインリヒがそのキールの不躾ぶしつけな態度にやや怒気どきをもって返しかけたが、

「――ネインリヒ君、かまいません。こうでなければキール・ヴァイスではないでしょう」

と言って、ネインリヒの言葉をさえぎった。

「それに、キール君の言葉と態度は彼女を思ってのことですよ――」



 そのやり取りの一部始終をキールの隣で聞いていたミリアは、自身にもその点かりがあったことを気付かされた。

 キールの素質の高さを買うがあまり、その素質に隠れた問題点を見落としていたのかもしれない。今日の敗北は、ミリア自身の敗北でもあるのだ――。


「あ、ああ、私――、私が足りなかったせいで……」

とミリアは今更ながら、こみ上げてくる。

 そうか、そうだったんだ、キールが試合後に言った言葉はそういう意味だったんだと、いま改めて気づかされた。


 キールは言った。

『くやしいなぁ。君の前で負けるのは』と。


 それはつまり、私の前で負けることが恰好悪いという意味ではなくて、私との練習の結果が現れたから、私との練習では足りないということが明らかにされたからなのだろう。


「キール、ごめんなさい、私――」

「ミリア、そんな顔しないでよ。僕の話聞いてただろ? 僕は君のおかげでここまで来れてるんだ。君じゃなかったらここまで来れてないって、そういう意味なんだよ? 君は何も恥じることはない。むしろ、誇りに思ってくれよ。たった3年足らずの素人魔術師があの三大魔術師最強と言われる『氷結』と、あそこまでやり合えたんだ。全部きみのおかげだよ。ありがとう、ミリア」


 キールのその言葉にミリアはとうとうこらえきれなくなって目から涙があふれだした。

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