第211話 素質だけでは埋められない差がある


 馬車へ戻ったキールとミリアは、その後、御者からニデリックの伝言を受けた。


「二人を連れてあとで来てください。夕食をご馳走ちそうしたいので」

とのことらしい。


 御者は付け加えて、これは強制でも命令でもないので、来るか来ないかは二人にゆだねると言っていたとも言った。


「キール、どうするの?」

「う~ん、そうだね。何をご馳走してくれるんだろう?」


 その問いには御者が答えた。

「ああ、『有明亭ありあけてい』と聞いておりますので、おそらく、『キュエリッチ』かと――」


「有明亭!? そんな、高いところ――」

「なになに? っち、ってなんだよ?」

「『キュリッチ』よ! あんた知らないの!?」

「知らない……」


 ミリアが言うには、とにかく高級料理の最高峰ということらしい。

 『キュエリッチ』というのは、西方の国、キュエリーゼ王国様式という意味らしく、あらゆる文化においてこまやかく、繊細ながらも重厚感を失わない非常にバランスが取れた様式という事だ。

 その文化の中でも特に料理に関しては評価が頭一つ抜けて高く、現代西方料理としての最高峰とうたわれている。


――らしい。


「ふうん。西方料理かぁ――。そう言えばあまり食べたことがないかもしれない」

「そんなに普段から食べられるわけないでしょ? いくらすると思ってるのよ?」

「ふふふ、なんか、ちょっと「らしく」なってきた、かな。僕もちょっと気が晴れてきたよ」

「な、なによ? なにが「らしい」って言うのよ?」

「ミリアは食べたいの?」

「はぁ!? わ、わたし? 私は――あ、あんた次第よ」


「あ、いえ、ニデリック様はお二方にお誘いとのことですので、お一人でも構いません」

と御者が差し込んでくる。


「ほら、こう言ってくれてるよ? そんなに食べたいなら、ミリアだけでも行ってきたら?」

「一人で? 一人なら――行かない、わよ」

「ふふふ、ははは、冗談だよ。折角だからご馳走になろうよ。僕ももう少しあの人と話してみたいしさ」

「……大丈夫――なの?」

「うん、さっき言ったろ? 「らしく」なってきたって。もう、大丈夫さ。それより、聞きたいことがはっきりした感じがする。たぶん、今聞いておかないと、聞けないまま終わる気がするんだ」


 そう言うとキールは馬車の幌に乗り込んだ。ミリアも後に続く。御者は馬車を御して、『有明亭』へと走らせた。




******




「やあ、招待を受けてくれてありがとう、キールくん、ミリア。どうぞ、掛けてください」

ニデリックが二人の姿をみて声を掛けた。


 数刻前にあれほどの魔法戦をしておきながら、涼しい顔で何ごともなかったかのような振る舞いだ。やはりこの男も、なんだかんだ『火炎』や『疾風』に通じるものがあるなあと、キールは思っていた。


 高級料理だと聞いていたので、少し身構えていたのだが、部屋は個室になっており、4人以外には給仕の人がいるだけで、他の客に配慮する必要がないのは助かった。そもそも、マナーなど何も知らないのだから、他の客にいろいろと不快な思いをさせなくて済むというものだ。


「こういうところで食事をするというのも一つの経験でしょうが、今日のところは特に何も考えなくて結構ですよ。機会が増えてくれば自然と身につくものです」

と、ニデリックは微笑んでいる。

「それより、腕の方はまだ痛みますか?」


「あ、いえ、もう大丈夫です。ミリアが治療してくれましたので――」

「そうですか。ミリアは治癒術式にもけていますからね。よかったです」


「でも、さすがにあれはやりすぎですよ、院長」

とミリアが釘を刺しに行く。

「すまないと思っていますよ。でも、それだけキール・ヴァイスが素晴らしい魔術師だという事でもあるのです。彼はまさに素質のかたまりですね。どう磨かれてどう輝いてゆくのか、私は魔術師として楽しみな反面、嫉妬してしまうほどですよ」

とニデリックは返す。

「――さて、キールくん。あなたの問いたかったことに私はお応えできましたか?」

と、ニデリックが切り込んできた。


 言っている意味は分かっている。院長ニデリックは、キールが何を聞きたかったのか、それを察し、身をもって答えてくれたのだという事に改めて気づかされる。


「ええ、ありがとうございます。僕は当初、魔術師というモノがどういうモノなのかを考えていませんでした。しかし、最近思うのです。ただ魔法を使えるという事と、魔術師であるという事は実は全然違う事なのではないかと――」


 このことはキールが英雄王のパーティに参加する前から考えていたことだったが、ダーケートから帰ってきてから思い返し、より鮮明に疑問として浮かび上がってきたものでもあった。

 英雄王のパーティに途中参加した『疾風リシャール』はまさに魔術師だったのだろう。それに対してキールはどうだったか? ミリアはどうだったか?


 少なくともミリアはように思う。おそらく、様々な状況判断、的確な術式選択、タイミング、威力、引き際……、どれをとっても、高いクオリティを保っていた。それは、若干スランプ状態になっていた時期であっても一定のクオリティを維持していたことには違いないのだ。


 それに対して自分はどうだっただろう?


 行き当たりばったりな術式展開で、威力ばかりが高く周囲のメンバーに気を使わせていなかったか? タイミングをとってもらっていたのではないか? 精密性という点においてはミリアの足元にも及ばない命中力で、仲間を危機にさらしていなかったか?


 どれをとってもやはり、『素人』の域から逃れ出ていないのではないか――。


 と、考えていたのだが、今日そのことが浮き彫りになったのだ。



「院長――、お願いがあります。僕を国家魔術院の稽古に参加させてはいただけないでしょうか――」


 唐突なキールの言葉に、ミリアは隣でカトラリーを手から滑らせた。

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