第209話 決着


「ほう、被弾はゼロですか――。さすがですね、このぐらいならまだ挨拶代わりというモノですよ。――ぬ?」

言ったニデリックが即座に左手を頭上にかざす。


――ドウン!


 頭上から直径30センチほどの岩が落下してきていたのに気付いたニデリックは、左手のひらに風魔法でまくを生成し、その岩を受け止めると同時に粉砕したのだ。


「ほう! いいですね……。いつ発動していたのか。少し驚きましたよ?」


「やられてばかりもいられないのでね。こちらもご挨拶という事で――。じゃあ、次は僕から行きますよぉ!」


 言うと、キールはぐんっと急速に加速し、ニデリックとの間合いを一気に詰めようとする。

 

 が、突然目の前に現れた氷の壁に行く手をさえぎられ、ニデリックとの間合いを詰められず、急ブレーキをかける。


「ぬあ!? ぶつかる!? があ!」


 ブレーキを掛けた体はすぐには止まらず、氷の壁に向けてまだ動いている。このままではまともにぶつかってしまう――。慌ててキールは目の前の氷の壁に向けて火球を繰り出し、衝突を免れようとした。


(間に合え!)


――ガァアン!


 と何とか直前で壁を破壊し正面衝突は回避した。しかし、ニデリックとの間合いを詰めようとした突進は、そこで停止することになる。


(――! 院長が、いない……?)


 先程まで、キールの目の前にいたはずのニデリックの姿が見当たらない。壁に目の前を塞がれた瞬間に、どこかへ移動したのか?

 キールは魔法感知を最大限に展開して、ニデリックの場所を特定しようとした。


 瞬間、直上にいきなり大きな圧力を感じたキールは、慌てて両腕をクロスさせ、頭部をガードする態勢をとる。そしてそれと同時にその両腕に、氷の盾を生成した。


――ボウ!


 っとキールの周囲を急激な熱風が包んだ。頭上から落とされた火球を氷の盾で防いだ結果、火球が破裂したのだ。


「ぐぅ――!」

キールはかろうじて直撃を免れたものの、その圧力で地面に膝をつく。


 その時だった――。

 

 いきなり背後から両腕が伸びて、キールの首を襲った。


(なんだって――?)


 とっさに反応したキールは膝をついた姿勢のまま頭を下げ、前方に二転三転と転がって、その腕から逃れた。


「ほう、かわしますか――。魔法感知の練度もかなり鍛えられているようですね――」

「院長こそ、魔術師じゃなかったんですか? 何ですか今の技――、組打ち術のようなやつですか?」


「ゼロ距離の攻防にしても、あなたの幻覚魔法や、リシャールの剣技と同じように、私も持っているという事ですよ……。でなければ、魔術師としては完成形とは言えませんからね?」

「――で、それが院長の技という事ですか――」



「え? 今のはなに? 私は院長のあんな技初めて見るわ……」

「ああ、ミリアは知らなくても当然かもしれませんが……、院長は幼いころは修道僧モンクに育てられたのですよ」

修道僧モンク……?」

「ええ、武装僧とも呼ばれる彼らは、もちろんその戒律から剣などの刃物は使用しませんが、メイスや盾、そしてあの、体術で敵や魔物を倒します。院長は幼いころからその戦闘術を叩きこまれてお育ちになったのです」


 ニデリックの繰り出した技に驚いたミリアに、ネインリヒが応えていた。


(しかし、院長があの技を使うとは――。これは本当にキールを殺しかねんぞ? 私もどうやら、高みの見物というわけにはいかないのかもしれんな――)

と、ネインリヒは不測の事態に即応できるよう心構えをしていた。


 それはそうだ。

 いかに魔法の効果が減殺されている場所であるとはいえ、それはのことだ。ニデリックの体術をまともに食らえば、骨折程度で済むとは到底思えない。何と言っても体術の威力は完全に100%なのだから。



「院長、本気ですか? もしそうなら、僕だって魔法を使って戦うことを止めないといけません――。一応念のための確認ですが、これは練習試合じゃなかったんですか――?」

「ん? 私はと言いましたが、練習だとは一言も言ってないはずですよ? 魔術師の言う魔法戦とは、もちろん、本気、という事です――。つまり、全力であなたを叩きのめす――、そういうことですよぉ!」


 言うなりニデリックは右手から氷のつぶてを発射する。それはキールの顔面に向かって、真っ直ぐ飛んで行く。続いて第二射を左手から放つ。今度は火球だ。

 火球はかなりの大きさで、まともに食らったら焼け死なないまでも、大やけどを負ってもおかしくないレベルのものだ。


 キールはその二つに襲われているが防御態勢をとらない。


「な!? キール! 早く防御態勢を――」

ミリアがたまらず叫んだ。


 ――が、キールはまだ動かない。


 もう、間に合わない! と、ミリアが目を覆おうとしたその瞬間だった。

 キールの姿が忽然こつぜんと消えた。


 氷のつぶてと、火球は今先程までキールがいた場所をそのまま通過し、そばの花の木へとぶつかる。氷の礫と火球の直撃を食らった木の幹がごうっと音を立てて焼き焦げた。


「――! なんだと……! はっ!?」

キールを見失ったニデリックだったが、急激に現れた背後からの殺気に反応して、

身を


 そしてその背後から伸びてきた腕をとり、完全にその腕関節を、前方に投げうつと、キールの体を完全に制圧する。ニデリックが捕らえたそのキールの腕には、氷の刃が握られていた。


「くぅ! もう一歩だったのになぁ――」

「なんなんですか? あれもあなたの魔法ですか?」

「ええ、まあ――。さすがに最後の手だったんですが、まだ、練度が低かったようです――」

「そうですね、もう少し接近した位置だったら、一本取られてたのは私の方でしたよ?」

そう言って、ニデリックはめていたキールの腕を放した。



「キール! 大丈夫なの!?」

ミリアが二人の対決が決したと悟り、慌ててキールのそばへ駆け寄って声を掛ける。

「あ、ああ、ちょっと、ひねられたみたい……。でも、折れてはいないから、数日もすれば元に戻るよ……」

とキールは言ったが、ミリアは視線をニデリックに移すと、

「院長! どういうことですか! さすがに院長と言えども、許しませんよ!」

と、詰め寄る。その目には真っ赤にうごめく殺意が見て取れる。


「は、ははは、ミリア、さすがに君のを見るのは忍びない。すまなかった。少し力が入りすぎてしまった。この通りだ、許してくれ――」

そう言って、深々と頭を下げた。


「わ、わかればいいんです! 別に院長を疑っているわけではありませんから」

と、ミリアは今ニデリックに向けた意識に殺意に近いものを持っていたことに自身も当惑しながら取繕とりつくろった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る