第208話 戦闘開始
「先程のミリアの話ですが……、あながち間違いというわけではありません。そこにある泉が周囲の魔素を吸収して、このあたりに充満する魔素の密度は非常に希薄になっています。この周辺で発動させる魔法は通常の場所の約100分の1の威力にも満たないでしょう。試しに……見ててください」
そう言うと、ニデリックはネインリヒに目配せをした。
合図を受けたネインリヒが両手を突き出して、魔法の発動の準備をする。
「アイス・ニードル!」
ネインリヒが発動させた氷の針が、彼の手のひらから前方に向かって発射された。
その針の大きさは、直径数十センチのもので、かなりの魔力量を込められているように見える。
手のひらから発せられたその針は、泉の傍の花が咲く木の幹に向かって高速で飛んで行く。
そのままその木の幹にぶつかれば、幹に大きな穴を穿つか、はたまた幹ごと薙ぎ倒してしまうはずだ、とキールは思った。
しかし、その目算ははずれ、木の幹は穴どころか、欠けることもなかった。ただ、その表面にやや白く、少し凍結した跡が残っただけだった。
「ありがとう、ネインリヒ君。キール君、君にもネインリヒ君が手加減などしていないことはお分かりと思いますが、どうでしょう?」
ニデリックはネインリヒに礼を述べたあと、キールに意見を求めた。
キールは、
「ええ――、そのぐらいは分かります。というか、ネインリヒさんって魔術師だったんですね? 実は初めて見ましたよ。それも相当の腕前だ――」
と、何気にネインリヒの魔法を初めて見たことの方に感銘を受けた様子だ。
「おまえ、私のことをからかっているのか? 魔術師でなくてどうして国家魔術院に所属できるというんだ?」
と、ネインリヒは心外な様子だが、まあ、確かに言われてみれば、キールの前で自身の魔法を披露するのが今回が初めてだと思い至り、少々照れたように顔を伏せる。
「わ、私のことはいい、院長の話を聞け――」
と促す。
ニデリックは珍しくニヤリと笑って、キールに向かって言葉を投げる。
「ここなら、わたしと全力でやり合ったとしても、互いに大怪我をすることはありません。どうです、キール君? 私と魔法戦をやってみませんか?」
「院長! それは――!」
ミリアが言いかけたが、それをキールが制した。
「いいですよ? もともと僕の方には失うものが何もないですから。皆さんが稀代の魔術師だなんだのと騒ぎ立てているのは勝手ですが、僕は今でもそんなことは思ったことがありません。ただ、そう言われるのを使わない手はないと言うだけです。たとえここで院長に負けて無様な姿をさらしたとしても、それはある意味当然の結果と言えますからね。むしろ、そんな僕に勝負を挑んでもし万一にでも負けたりしたら、院長の方がそのダメージは大きいんじゃないですか?」
「ふふふ、やはりあなたは面白いですね。そういうところもあなたの一つの能力なのでしょう。そうやってやんわりと私にプレッシャーを掛けようとする――。ですがキール君、私にその作戦は通じません。これまでのあなたの行動や結果があなたを見くびってはならないと示唆しているからです。さて――、いつまでも話していると日が暮れてしまいますね。では、始めましょうか――」
言うなり、ニデリックの目が明らかに変わる。ミリアとネインリヒはその様子に一歩二歩と下がった。
ニデリックの意識は完全にキール・ヴァイスただ一人へと集中している。
ニデリックを包む魔力量が上昇してゆくのが見て取れる。
「院長! 手は抜かないでくださいよ! 僕も自分の全力というモノを一度は出してみたいと思ってたんですから!」
キールもこれに呼応して魔力量を高めてゆく。
現象の規模としては明らかにこの場が吹き飛びそうなほどの魔力量であるが、その威力は現象の大きさに比例しないことは先程のネインリヒのアイス・ニードルの魔法で実証されている。
まあ互いにまともに食らえば、それなりの衝撃は受けるだろうが、間違っても骨が折れたり、皮膚が切り裂かれたりするほどのものにはならないだろう。
いわば、通常の場所での魔法戦が真剣による斬り合いだとすれば、この場所においてのそれは、竹刀を使った剣術試合のようなものだ。
それなりの痛みはあるだろうが、大怪我に至るまでにはならないだろう。
「行きますよ、キールくんっ!」
言うなりニデリックの両腕から氷の
(さすがに、はやい!)
キールは咄嗟に反応し、左右の手に炎の渦を生成し、その氷の礫を受け止めた。
こういう場合、『魔法感知』が役に立つという事をミリアから教わっている。
魔法感知を展開し、正確にその軌道を読み、手をそこに合わせて受け止める。こうすることで、相手の術式から発せられた『現象』を受け止めたり、弾いたりするのだ。
(よし! 二つとも捕った!)
二つの礫を受け止め、その炎で相殺する。
魔力が削がれているとはいえ、それなりの衝撃がキールの両掌に伝わる。
「ぐぅ!」
とキールは呻くが、氷の礫は綺麗に消滅させることができた。
「キール! しっかり!」
ミリアが思わず心配そうな声を上げる。
「安心してていいのかい、キールくんっ!」
ニデリックの声がキールの耳に響く。
「分かってますって――。もう一つは、こうだ!」
言うと、キールは地面に向かって両手をかざした。
――ボウ!
と、その地面に砂ぼこりが舞い上がる。キールの体はその反動で後方に数10センチ跳び
直後、
――ドウン!
と、キールが今いた場所に真上から氷の塊が落下してきた。
氷は衝撃でバラバラに砕け散り、その欠片がキールを襲う。
キールは両手で体の中心をクロスして守りながらも、その腕に風の膜を張った。
氷の欠片はその空気の膜に払われてキールの体には到達しなかった。
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