第207話 ついに対決の時来る


 メストリーデの郊外に、小高い丘がある。

 この時期になると、淡いピンクの花が咲き誇り、花弁はなびらが舞う。


 しかしながら、この世界の人々はお花見という習慣はないようだ。


 もし、日本人がここを見たなら、レジャーシートを脇に抱え、酒や料理を広げ宴会に興じる人々で溢れかえっていることだろう。


 そうしてその丘の頂上付近に底まで見えるほどの透明感を持った水をたたえた泉がある。

 さながら、富士の裾野にある忍野おしのの泉を思わせるような透明感だ。

 泉の中には、淡水魚が群れをなして遊泳しているのさえよく見える。


「へぇ~、こんなところがあったんだ――」

キールはここを初めて訪れたようだ。

「まあ、この泉以外には何もないところだからね。街道からもかなり外れているし、基本的には人があまり寄り付かないところよね――」

と、ミリアは応える。


「もったいないなぁ。ねえミリア、今度ここでお花見をしようよ? あ、もしかして院長はこれを僕たちに見せたかったのかな?」

って何のことよ? 訳の分からないこと言ってないで、行くわよ?」

と、ミリアは取り付く縞もない。


「そんなどうでもいいこと言ってないで、少しは緊張感を持ちなさいよ?」

「どうしてさ?」

「院長がわざわざこんなところに呼び出すなんて、何か考えがあるに決まってるからよ、少しは警戒しなさいよね?」

 ミリアは先ほどからそのことばかりが気になっていて、景色を眺める余裕などなかった。


 二人は大学の門で落ち合ったところで、国家魔術院が用意した馬車に乗せられ、丘の中腹あたりまで送ってもらった。そこから先は一本道、というよりもただ丘の頂上を目指して登るだけだから、御者は馬車で待機するため、頂上の泉へ行ってくださいと告げただけだった。


 そうして頂上付近に差し掛かったところで先ほどの会話があったという訳だ。



「わぁ! ミリア見てよ、この泉! すっごい透明だよ!?」

「ええ、知ってるわよ。ちなみにその泉に落ちたら命がないかもしれないから気を付けてよ?」

「え? どういう事?」

「その泉は特殊な場所で、周囲の魔素を吸収してるのよ。だから、人が落ちたらあっという間に生気を吸い取られて場合によっては死に至るわよ?」

「うえ!? マジか~」


 じゃあどうしてあの魚たちは悠々と泳いでいるのだろう? と、キールは疑問に思ったが、世の中には不思議なことというのはいくらでもあるものだと割り切ることにした。


「ああ、来ました院長、ミリアとキールです。――二人とも、こっちに来なさい」

と、ネインリヒの声がした。

 泉の先、少し開けた場所に、ネインリヒともう一人の姿が見える。ニデリック院長だ。


「――ミリア、その泉にそんな力はありませんよ。ただ、見た目よりかなり深く、水温がかなり低い。だから子供が近づかないように大人たちがそう言って近づけなくしているんです。つまり、ミリアのいった話は、ただのお伽話ですよ」

と、ニデリックは爽やかに微笑んだ。


「え? そうだったんですか!? お父様からさんざん聞かされてたからてっきり本当のことだと思い込んでいました――」

そういいながら、ミリアが二人の方へと近づいてゆく。

「やっぱりなぁ、おかしいと思ったんだ。ミリアのいう事が本当なら、あの魚たちもあんなに気持ちよさそうに泳いでるはずないもの」

とキールがミリアに突っ込んだ。

「う、うるさいわね、あんたがよろこんで飛び込まないようにと思って言ったのよ」

「ふぅん。それはどうもお気遣いありがとうね、ミリア

「くっ! いま、私のこと馬鹿にしたでしょ? 絶対、忘れないから!」


 まさしく夫婦漫才めおとまんざいとはこういうものを言うのだろうか――。

 まあ、空気がなごむという効果は充分にあるのだろうが、今日はそんな場合ではないということが次のニデリックの言葉で明らかになる。


「キール君。そろそろ私も君の値踏みをするべきかと思いましてね。今日は君の実力を確かめさせてもらおうと思います」

唐突なニデリックの言葉が、ミリアの胸に突き刺さる。


「い、院長! キールはまだまだ素人魔術師です! 院長がお確かめになるほどの実力など持ち合わせておりません! それは、私が一番よく知っています!」

ミリアはやはり、悪い予感が当たったと思い、必死でこの場を取りつくろおうとする。


「ミリア、それはもう通じませんよ。なんたってあなた方二人はあの英雄王最後のパーティメンバーで、最後の魔術師なのですから――」

「あ――」


 その通りだ。

 ミリアは言葉を失った。


 英雄王の冒険譚は枚挙にいとまがない。その一つ一つは栄光に彩られている。そしてそこに名を連ねたメンバーたちはすべての人が特に有能で英雄と称されるに値するものばかりなのだ。

 そしてその「栄光」の一つにミリアとキールの名が刻まれている。これは紛れもない事実なのだ。


「し、しかし――」

「大丈夫だよ、ミリア。もうそんなに頑張らなくても大丈夫。僕も少しは成長してるからね?」

なおも食い下がろうとするミリアに、キールが優しく微笑む。

「あ……、で、でも……、そんな――」

ミリアはその優しさに触れながらも、キールが遠くへ離れていくような感覚に襲われて、胸が締め付けられるように痛んだ。


「ありがとう、ミリア。僕は本当に君に出会えてよかったと思ってる。こんなに魔法が好きになるなんて思ってもみなかったんだ。おかげで、魔法をただ自分を守るためだけに利用して隠して生きるなんてことにはならなかった。いろんな人とも出会えた。いろいろあったけど、結果的にはみんな大切な人たちばかりになった。全部、君のおかげだよ――」


 そう言って、ミリアのそばから一歩進み出た。


「さあ、院長。それで? どうなさるおつもりですか?」


 キールはまっすぐに『氷結』ニデリック・ヴァン・ヴュルストを見つめた。

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