第206話 丘の上で会いましょう


 キール・ヴァイスから面談の申し入れがあったと、ネインリヒから聞いたニデリックは、少しの時間逡巡しゅんじゅんしたが、そう言えば久しくキールと話していないような気もしている。

 キールの方がニデリック自身に何の用があるのかは全く見当がつかないので、不気味と言えば不気味なのだが、この際、一度、ここまでのことを整理しておいてもよいかもしれないと思い至る。


 英雄王のパーティに加わって、「誘われの森」を魔物から解放した話は、すぐに世界中の王国の耳に入った。

 それに伴い、今、ミリア・ハインツフェルト及びキール・ヴァイス両名への注目度が以前にも増してさらに高まっている。

 ミリアの方はまだいい。彼女はすでにメストリル国家魔術院に所属する魔術師であるため、むやみに他国のものが接触することはないだろう。そんなことをすれば、国際問題に発展しかねないからだ。


 ただし、キール・ヴァイスは別だ。


 彼は、現在どこの魔術院にも所属していない完全なるフリーランスだ。これに他国の魔術院のものが接触したとしても、メストリル王国国家魔術院、いや、ニデリックとしては何も口を挟むことはできない。


 彼との間にある約定は、あくまでも「協力関係」というだけであって、そこに何かしらの管理や強制力は伴わないのだ。つまり、キール自身がどこの誰と接触しようが、口出しは出来ないという事である。


 ただ、一方で、彼の性質上、どこか一国に身を寄せるという道を取るとは思えない。もしそうなら、さすがに、三大魔術師と呼ばれる現代最高位に位置する三人を前にして、「協力関係なら」などという曖昧な関係を結ぶとは考えにくいからだ。

 そんなことをするより、確実に保護下に置かれるいずれかの魔術院に属した方が、安全かつ、将来の展望も開けるからだ。

 しかし、彼はそんなことに興味は示さない。つまり、権力や利権などというものには目もくれないたちなのだということだ。


 だが、どこの誰が接触しても懐柔されないとは言え、やはり放っておくという訳にもいかない。なんと言っても彼が「メストリル王都」に住んでいることに変わりはないのだ。

 最低でもどこの誰と接触したかぐらいは把握しておく必要がある。

 その為に今でも折に付け、ネインリヒにことづけて、ミヒャエル・グリューネワルトを見張りに付けているのだ。


 しかしながら最近は特におかしな動きは見られない。それこそ、誘われの森奪還計画に『疾風リシャール』が参加したということには驚いたが、どうやらキール自身に対して何かしらの接触や交渉を持ち掛けた様子はなく、ただ単純に『彼女の道楽パーティ参加が目的』であったとみて間違いないと、ネインリヒからも報告を受けていた。


 事実それ以降、『疾風リシャール』とキールの間で、特に何かしらの動きがあったようには見えない。



「分かりました。では、明日、早速会うことにしましょう。キール君にはそう伝えておいてください。そうですね、場所はどうしましょうか――」

「こちらで構わないのではないですか?」

というニデリックとネインリヒのやり取りがあった。


「私も少しところがありましてね――。ああ、あそこにいたしましょう。バルルベルッフ丘陵の丘の上にある泉で落ち合うと、そう伝えておいてください。時間は――、夕方、午後4時でいかがでしょう――」

「へポリトスの泉、ですか? どうしてそんな場所を?」


 いぶかしむネインリヒに対してニデリックは薄く口角を上げたように見えた。

 ネインリヒは背筋が凍る思いがした。


「い、院長? 何をお考えなのです?」

「――いったでしょう、ネインリヒ君。私も少しと、ね。――なあに大丈夫ですよ、間違っても怪我をするようなことはないでしょう」

「は、はあ。――分かりました。おそらく向こうはミリアも一緒かもしれませんが、かまいませんか?」

「ええ、もちろんです。ミリアも一緒ならそれはそれで好都合というものです」


 こうして、キール・ヴァイスとニデリックの会談がへポリトスの泉で行われることが決定した。



******



「へポリトスの泉ですって!?」

「ああ。ニデリック院長の要望でそこで会うことになった」


「あなた、そこがどんな場所か知ってるの?」

「へ? 泉だから、水が溜まってるところ、じゃないの?」


 というやり取りは、デリウスの教授室、つまり、キール一味『学生部』の本拠点で行われている。


 へポリトスの泉――。

 この場所はある意味非常に珍しい場所である。


 メストリーデ郊外のバルルベルッフ丘陵の頂上にある小さなこの泉の周辺は、極端な『』となっている。


 そもそも魔法という力は『魔力』というものを用いて『現象』を具現化する術のことであるが、この魔力の元が『魔素』である。『魔素』は通常、どこにでも漂っており、時間と共に魔術師の体内に蓄積されてゆくものだと考えられている。しかし、この魔素が通常より稀薄な地域というのがごくごくまれに存在しているのだ。

 つまり、そのような場所においては、いかなる魔術師であってもいつも通りの魔法を発動させることが出来ないのだ。


 ここメストリルにも何ヶ所なんかしょかそういう場所が存在しているが、その一つが、「バルルベルッフ丘陵のへポリトスの泉」なのだ。


「どうしてそんな場所を院長は選んだの? 何か聞いてる?」

「いや、ネインリヒさんは、そこで会うと言っていると言ってきただけだよ?」


 ミリアは一瞬考えこんでいたが、

「キール、絶対に一人で行っちゃダメだからね? いい? 私が授業が終わるまでまってて。一緒に行くから――」

と、念を押すようにキールに言った。


「ああ、まあ、初めからそのつもりだったけど? 大学の門で待ってるよ、ミリアの授業が終わってからここで落ち合ってたらたぶん間に合わないだろうから、直接門のところで待ち合せよう」

と、キールも応じていた。

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