第203話 世界の構造


「――でさあ、ミリアなんかもう目を吊り上げてああしろこうしろって……」


 先ほどからキールは、真っ白い部屋で一人の白髭じじいにつばを飛ばしまくっていた。

 白髭じじいは、そのキールを目の前にして、ただうんうんとうなずいている。けっして、キールの話に興味を示しているわけではない。キールの勢いが止まらないからあきれているのだ。


「おいこら坊主、いつまでそんな無駄話をつづけるつもりじゃ? わしは忙しいんじゃ、さっさと要件を言わんか――」

「ええ~? 忙しいって別にここにいるだけじゃない。さっきからだれも来てないよ? そんなこと言ってて本当は退屈なんでしょう?」


 キールの鋭い突っ込みに、白髭じじいこと、神ボウンは一瞬たじろぐ。


「う……、た、退屈なわけがなかろう! わしは神じゃぞ? いったいいくつの世界を股にかけていると思うておる!」

「そんなことは知らないよ。でも、ボウンさんがたいして忙しくないってのはよくわかる」


 さすがに、何度も出会っていると、ボウンの行動についても把握されかかってきている。たしかに、神に時間の概念はほぼ無意味だ。つまり、ここでキールと出会っている間は数時間話していようが、それはほとんど「一瞬」と何も変わりはない。

 さすがにこの普遍の原理、「時の流れ」を止めることは神と言えども不可能であるし、ましてや巻き戻すなんてことは何をどうしても不可能なことだ。この普遍の原理だけはたとえ世界を創造したであっても覆すことはできない。

 

 が、言い換えれば、流れを止めしなければ「どうしようが構わない」ともいえる。つまり、時間の流れの速度は調整が効くのだ。

 


「それで、今日はいったいどうしたんじゃ? 話があって来たのであろう?」

ボウンは接し方を変えることにした。少し穏やかにさとすようにキールに問いかける。

「ああ、そうだった。それを早く言ってよ、忘れるところだったじゃないか。ボウンさんって人が悪いよね?」

とキールが目を細めて神ボウンに文句を投げる。


「だれが人が悪いか!! お前がベラベラと余計なことをくっちゃべっておるから本題を忘れとったんじゃろうが! それをなんでわしのせいにされねばならんのじゃ!」

一瞬見せた神ボウンの「穏やか作戦」だったが、やはりこの坊主相手には結局こういう応対が一番合っているようにも思う。

「はよう、話さんか! 何が聞きたかったのじゃ?」


 と、神ボウンに再三さいさん促され、キールはもう少しおしゃべりをしていたかったが、さすがにいつまでも邪魔をしては悪いと思い、本題を話すことにする。


「うん、僕たちの世界って、地球じゃないの?」


「違う。ともいえるし、違わないともいえる」

「どういうことさ?」


「というか、地球のことを知っているということは、おまえすでに記憶開放したのじゃな?」

「うん、したよ。でもさぁ、僕の前世の人、なんかどんくさくない? おばあさんにつまずいて線路に頭ぶつけてって、どういう死に方だよ――」


「人にはいろいろあるもんなんじゃ。そんなことで死ぬやつもおれば、ドラゴンに頭をまれても死なんやつもおる――」

「なんか、理不尽だよねぇ」


「理不尽とかいうでない。それでも人は希望を持って生きるものなのじゃ。それが人の素晴らしい部分でもある」

「ふうん――。まあ今の僕にはあまりどうでもいい話だけどね。僕はキール・ヴァイスであって、原田桐雄じゃないからね」


「それで構わぬ。今の生を自分らしく生き抜く。これこそが人の在り方、おぼしでもあるからの」

?」

「ああ、この世界全てを造られた方じゃ。創造主ともいうが、その方はいわば『概念』じゃ。実在しておるが実体はない。坊主よ、今はそんなことは考えずともよい」

「じゃあ、考えない」

「あっさりしとるのぅ? ――まあ良いわ。それで、地球のことじゃったな?」


 神ボウンはこの世界の構造をある程度くだいてキールに説明をした。


 ボウンによると、この世界は多層構造を取っているという。つまり、地球もキールの今いる世界も一つの世界なのだという。

 それを言うなら、この「白い部屋」もまた一つの世界であるし、ここに来るまでに渡ってくる「次元のはざま」もまた一つの世界なのだ。

 すべてが一つであって別々でもある。

 そしてそれぞれにそれぞれの枝分かれがあったり特徴があったりして無数に分裂していっているというのだ。


「え? じゃあ、僕が地球にも戻れるかもしれないってこと?」

「まあ、理論的には不可能ではない。実際お前は自分の世界と「次元のはざま」、そして「この部屋」という3つの世界を行き来しておるのじゃからな。じゃが、これだけは言うておく、決して「生き返ることはできない」。お前のような転生者はそれこそ星の数ほどいるが、誰一人として「生き返ったもの」はおらんのじゃ」


「つまり、僕は僕の命一つしかないってこと、だよね?」

「そうじゃ。それ一つっきりじゃ。じゃから精いっぱい生きるがよい」

 

 そう言うと神ボウンは、キールの頭を愛おしそうに撫でたのだった――。




「いやいやいや! ちがうちがう! なんか今、いい話した~って満足げな空気感流してたけど、僕が聞いてることに何も答えてないから――」

「何を言うか! ちゃんと答えたであろうが!」


「ちがうよ、僕が聞いているのは、あのバレリア遺跡の地下に眠っているものは地球にあるようなものと同じものなのかってことだよ」

「ああ、そういう事か、それなら答えは簡単じゃ。全く別のものじゃ」


「へ? でも、電気とかコンピュータとかパソコンとかみんな地球のものじゃないの?」

「じゃから言うたであろう、すべては別々の世界で一つの世界でもあると――」



 結局、神ボウンはこのことを説明するにあたって、キールのおしゃべりにった時間の、ゆうに3倍以上の時間を要することになった――。

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